まるでダメな男の日記

このブログでは趣味のゲームや読書感想など非生産的な駄文を書き連ねていく予定です。

第1813回 君を愛したひとりの僕へ

Posted by ヒッター7777 on   0 comments   0 trackback

乙野四万字「君を愛したひとりの僕へ」 
 
 並行世界というほんの少しだけ違う可能性の世界。
 グラスの底から湧き上がる泡のように、浮上しながら大きくなり、二つに割れてまた浮上していく。
 分裂した二つの泡は、異なる軌跡を描く。
 もう歳も40近くになってから、この『ギネス・カスケード』という現象を知った。
 泡が浮き上がるとき、その粘性はビール自体を押し上げるが、グラスの内表面ではビールは下降に転ずる。
 そしてビールの粘性により泡が一緒に下降するのである。
 沈んでいく“泡”。
 それがヒントだった。


 日高暦は両親が離婚するとき、父親の方へ付いていった。旧姓の高崎に戻った母親の再婚の邪魔したくなかったからだ。 
 父の勤める研究所には、福利厚生施設として所員の子供を預かる部署があり、暦は学校帰りや休日にはそこで本を読んだりしていた。
 祖父の飼っていた犬のユノが死んで1ヶ月ほど経った時、暦はそこでユノのことを思い出して泣いていた。
 暦はひとりの少女と出会う。その少女は泣いている暦に、ユノに会わせてあげると言う。
 死んでしまった犬のユノが生きている世界へ。生きていた祖父が亡くなった世界へ。
 同じ時間のどこかの並行世界。
 それが暦が初めてパラレル・シフトを自覚した体験だった。

 母親の研究中の“人為的な並行世界へのシフト”を叶える機械で暦を送り出したのは、研究所の所長の娘、佐藤栞。
 暦と栞が出会ってから4年後。14歳のふたりは互いに恋心を抱く。いつか大人になったら結婚したいと思うほどに。
 だが、互いの父と母の再婚により、ふたりは兄妹となってしまうことになった。
 兄妹になったら結婚できなくなると思ったふたりは、4年前のように並行世界へのシフトを試みる。
 それは悲劇の幕開けだった。

 それ以来、街のある交差点に栞の幽霊が現れるようになる。

 すべての物質は虚質素子によって構成されるが、並行世界へのシフトは虚質素子の交換だけで物質はそのまま残る。
 だが、虚質素子の再交換時に元の物質が失われていたら?
 基準世界で脳死状態となった栞の虚質素子は、基準世界に近い並行世界の交差点でも観測された。
 基準世界から遠い並行世界では、栞は生きているが、それは暦と出会わなかった栞だ。
 暦が高校2年の冬、ついに人工呼吸器で維持されていた栞の生命活動は停止する。

 高校を中退し、3桁近い暦の行なった実験結果を元に『虚質科学』の技術は飛躍的に発展する。
 暦と栞が出会う世界では、必ず栞の虚質素子核分裂症が起こり、栞は『交差点の幽霊』と化す。
 暦の提唱した同一事件が発症する可能性は、ブラックホールの半径を表す言葉になぞらえて『シュバルツシルトIP』と呼ばれた。
 不可避の事象半径『SIP』内の並行世界では栞を救う手段は、もう見つけられないだろう。
 平行(パラレル)で駄目なら、あとはもうひとつの方法しかない。
 垂直、すなわち《時間移動》である。

 27歳になった暦は、大学院を優秀な成績で卒業した新人研究員、瀧川和音を部下に迎えた。
 どこかで見たような女性だが、暦は彼女が同じ高校での同級生であったことに気がつかなかった。
 だが、彼女が自分のことを“暦”と呼んだ時、何度目かの『オプショナル・シフト』実験で自分の隣で手を絆いで寝ていた恋人の女性だと思い出す。
 和音にも『交差点の幽霊』をぼんやりとだが見る力があった。
 ある事情を隠して『幽霊』の状況を話した暦は、和音に《時間移動》の研究を極秘で行っていることを打ち明ける。

 10年後、『オプショナル・シフト』の実用化で複数の並行世界で情報を共有する「量子コンピュータ」の役割を果たし、任意のIPを固定する『IP固定化技術』、任意のIPを書き換える『オプショナル・シフト』技術も普遍化した。
 暦と和音の極秘研究の副産物は大いに技術発展に役立ってきたが、肝心の《時間移動》に関しては行き詰っていた。
 ある日、行きつけのバーで暦はアイルランドの黒ビール『ギネス』を注文する。

                 君を愛したひとりの僕へ


 「僕が愛したすべての君へ」と表裏を成す物語です。
 どちらを先に読むか迷いましたが、この順番の方が正しかったようです。
 暦と和音が最初で最後の《時間移動》実験を行うまで、さらに30年以上の時が流れます。
 はたして時間改変は可能なのか。

 この作品の続きというか、設定を同じくする話はまだ数パターン書けそうですね。
 可能性の世界で誰もが幸せになれる世界。
 しかし、魔神オティヌスが上条当麻に見せた『黄金比』の世界とは当麻のいない世界だった。
 和音と栞が出会う物語というのも読んでみたいですね。

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