まるでダメな男の日記

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第1634回 陽だまりの樹(4)

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手塚治虫 「陽だまりの樹」全4巻

 第4巻 星霜の彼方の巻
            陽だまりの樹 4
 文久二年(1862年)
 小姓組百石取りの身分となった伊武谷万二郎は、江戸城二の丸御留守居役・勝海舟より陸軍歩兵隊の訓練を命じられる。
 幕府が正洋式軍隊を作るためのテストケースである。
 
 文久三年(1863年)
 この年、芹沢鴨、近藤勇、土方歳三らが参加した浪士組が京へ向かった。
 手塚良仙は医学所頭取・緒方洪庵より陸軍駐屯地付き軍医の職を推薦を受けて悩んでいたが、師である洪庵の死去により、軍医となる決断をする。
 上総国小関村に立て篭った「真忠組」討伐を果たした万二郎の歩兵隊の成功により、幕府は二十万人規模の徴兵に踏み切る。
 
 文久四年(1864年)
 万次郎は百石の加増を受けて大手門歩兵組大隊の大隊長となる。
 長州軍の京侵攻に対する征伐軍に参謀・西郷隆盛の部下として同行。
 西郷から倒幕の誘いを受けるが決別。さらに坂本龍馬との関わりを疑われ、解任される。
 海軍操練所の勝海舟も一切の役を解かれた。

 慶応三年(1867年)
 「大政奉還」

 慶応四年/明治元年(1868年)
 「鳥羽伏見の戦い」、そして江戸城の無血開城。
 ついに「陽だまりの樹」は倒れた。
 彰義隊に加わった万二郎は「上野戦争」で西郷の明治新政府軍と戦う。

 明治10年(1877年)
 手塚良仙、「西南の役」に軍医として従軍する。
  陽だまりの樹 4-1 陽だまりの樹 4-2

 長い物語が終わりました。幕末ものはどの作品でも主義と主義がぶつかり合う悲しいものです。
 その中でも己の中の信義を貫いた男と、時代に流されるしかなかった男たち。
 これも手塚先生の名作の一つですね。

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