まるでダメな男の日記

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第1479回 中国武将列伝 (2)

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田中芳樹 「中国武将列伝 上」後編

 なかなか名将が多くて人選に苦労したという時代が続きます。

 ・後漢時代(AD25年~220年)
 026 鄧禹(とうう)
 光武帝に仕えた参謀、宰相。後漢創業の臣のひとり。雲台二十八将の筆頭。

 027 馮異(ふうい)
 光武帝に仕えた将軍。同じく後漢創業の臣のひとり。雲台二十八将の第7位。

 028 岑彭(しんほう)
 光武帝に仕えた将軍、宰相。同じく後漢創業の臣のひとり。雲台二十八将の第6位。

 029 馬援(ばえん)
 後漢初期の将軍。「南越(ベトナム)のジャンヌ・ダルク」と言われる徴姉妹を討ち取った。  
 南方鎮護で神格化され、後に諸葛孔明が霊を祀ったという。

 030 班超(はんちょう)
 長く西域を保持した軍人。
 「虎穴に入らずんば虎児を得ず」の言葉を残した。

 031 曹操(そうそう)
 後漢の皇帝を擁して天下を狙う武将、政治家。
 三国鼎立の要因を作った。

 032 関羽(かんう)
 劉備に使えた武将。死後、神格化される。

 033 周瑜(しゅうゆ)
 孫堅、孫策、孫権に仕えた武将、政治家。
 「赤壁の戦い」で曹操を破る。

 後漢末期の名将は多すぎるので代表。(笑)

 ・三国時代(AD220年~265年)

 034 司馬懿(しばい)
 魏国の武将、政治家。
 呉、蜀の二国を相手に一歩も惹かなかった。
  
 035 陸遜(りくそん)
 三国鼎立の時代に入り、呉を建国した孫権に仕えた武将。
 関羽亡き後の劉備の軍を叩きのめした。

 036 鄧艾(とうがい)
 魏国の武将、政治家。
 蜀の成都を急襲し滅ぼした。

 ・東西両晋時代(AD265年~420年)
 037 杜預(とよ)
 魏・西晋に仕えた武将、学者。
 呉の陸遜と長く対峙し、知略、人望に優れた名将。

 038 王濬(おうしゅん)
 魏・西晋に仕えた武将。
 呉を滅ぼし、晋の天下統一に貢献した。

 039 陶侃(とうかん)
 西晋、東晋の武将、宰相。 
 多くの乱を鎮めた功績。

 040 祖逖(そてき)
 西晋から東晋にかけての武将。
 北伐によって長江以南を安定させた。

 041 謝玄(しゃげん)
 東晋の貴族で武将。東晋の名臣謝安の甥。
 前秦の苻堅 (ふけん) が100万の兵で大挙南下したところ、「淝水の戦い」において6万の寡兵で破る。

 ・南北朝時代(AD439年~589年)
 042 檀道済(たんどうせい)
 東晋を簒奪し末王朝を立ち上げた劉裕(りゅうゆう)に仕えた名将。

 043 韋叡(いえい)
 南朝の宋・南斉・梁の武将。
 武勇、知略に優れ激戦を重ねた名将。

 044 楊大眼(ようたいがん)
 北魏の軍人。優れた身体能力を持ち、の武勇は「六軍に冠する」と称された。
 妻である潘氏もまた女傑であり、戎装してともに狩猟にでたり、戦場で活躍したという。

 045 斛律光(こくりつこう)
 北斉の武将、左丞相。異民族出身で斛律が姓。

 046 高長恭(こうちょうきょう)
 「蘭陵王」として知られる北斉の皇族、武将。
 斛律光と共に北斉を支えた武将だが、二人とも皇帝に疎まれて賜死する。

 047 蕭摩訶(しょうまか)
 陳国の軍人。関羽の再来と言われるほどの武将だった。

 ・隋時代(AD581年~618年) 
 048 韓擒虎(かんきんこ)
 北周、隋の大将軍。
 死後、閻魔大王になったという民間説話があるほど

 049 劉方(りゅうほう)
 煬帝の下で出世し、ベトナム、インドシナ半島など海外遠征で知られる。

 050 張須陀(ちょうすだ)
 煬帝の軍人。元来、官僚であったが太守として反乱軍を鎮める。

 ・唐時代(前)(AD618年~) 
 051 李靖(りせい)
 太宗(李世民)に仕えた軍人・政治家。
 李世民の部下となったのは47歳。老年になってから功を得た軍師。

 052 李勣(りせき)
 太宗(李世民)に仕えた軍人・政治家。
 李靖と並び立つ軍師。高句麗征服など数々の功績を挙げた。

 053 秦叔宝(しんしゅくほう)
 唐の軍人。唐の凌煙閣二十四功臣のひとり。
 武勇と親孝行で知られる。後世には尉遅敬徳とともに門神として信仰された。

 054 尉遅敬徳(うっち けいとく)
 唐の軍人。唐の凌煙閣二十四功臣のひとり。
 京劇「秦尉大戦」にもなったように秦叔宝と一騎打ちをしたが勝負がつかなかった。

 055 蘇定方(そていほう)
 唐の軍人。高句麗遠征、西域遠征で武勲を上げる。
 唐の勢力圏は中央アジアに広がった。

 056 薛仁貴(せつじんき)
 唐の軍人。「薛仁貴、三箭をもって天山を定む」と言われる弓の腕前で人気は高い。

 057 王玄策(おうげんさく)
 太宗、高宗に仕えた文官。
 インドへの三度に渡る渡航でネパール兵を率いた。四度目は寺巡りだったらしい。

 058 裴行倹(はいこうけん)
 則天武后の時代、西域で西藏(チベット)や突厥の軍と戦い武功を挙げた。

 しおり (1)--2

 ここまでで八世紀前半です。長いなあ。
 エピソードを全部上げたら大変なことになりますね。
 田中先生もおっしゃるとおり、「隋唐演義」とかもっと日本人に読んで欲しいものです。
 「中国武将列伝 下」はそのうちにまた。

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