まるでダメな男の日記

このブログでは趣味のゲームや読書感想など非生産的な駄文を書き連ねていく予定です。

第1785回 ラインの虜囚

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田中芳樹「ラインの虜囚」 The Prisoner of Rhine

 1821年。元フランス皇帝、ナポレオン・ボナパルトは南大西洋のど真ん中にある流刑地セントヘレナ島で死去した。
 しかし、それから9年。ナポレオンは実は生きていて、とある場所に幽閉されているという噂が流れる。

 カナダ生まれの少女コリンヌは、父親の死を祖父に伝えるためパリにやってきた。
 祖父と父は仲違いして疎遠となったが、孫娘としては祖父に直接会って父親のことを伝えたかったのである。
 5千万フランの財産を持つというギイ・ド・ブリクール伯爵は、コリンヌに一つの課題を与えた。
 ライン川を越えたある場所に立つ〈双角獣(ツヴァイホルン)の塔〉を探し出し、ナポレオンの存在の是非を確かめろと言う。
 期限は50日間。12月25日の降誕祭(ノルン)の正午まで。
 16歳の少女コリンヌは旅の同行者に、世界一の天才作家、世界一の海賊、世界一の剣士を選んだ。
                 ラインの虜囚

 いや~、出てくる出てくる。
 誰でも耳にしたことのある人物オンパレードですね。

 フランスは七月革命が起こった年。
 この時代はドイツという国はなく、300以上に別れていた小国家が40ほどに纏まった時代。
 ブリクール伯爵の遺産を狙う〈暁の四人組(パトロン・ミネット)〉の追撃を躱しながら、コリンヌと三人のお供はナポレオンの謎を確かめられるのか。
 ヒッターが小学生の頃に読んだシャーロック・ホーームズやアルセーヌ・ルパンのようなジュブナイル作品として、たいへん面白く読めました。
 「ヴィクトリア朝怪奇冒険譚」三部作(既刊2巻)も文庫化してくれないだろうか。
  

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第1599回 岳飛伝(四)悲曲篇

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 田中芳樹 編訳「岳飛伝(四)悲曲篇」

 紹興八年(西暦1138年)から三年間に渡り、岳家軍と韓家軍は共同して洞庭湖を拠点とする楊玄軍と対峙していた。
 広大な湖と天険の要害に囲まれ、その数、十万と言われる兵を持つ逆賊は容易に攻め落とせない。 
 しかし、徐々に内応してくる将が増え、一気に決戦に機運が高まる。

 紹興九年(西暦1139年)。金と宋が和議し、東京開方府を含む黄河以南の地を宋に返還したことに怒った兀朮(ウジュ)は宮廷に乗り込み、講和派を粛清した。
 甥の合刺(ホラ)をを第三代皇帝・熙宗に据えて軍権を握った兀朮は六十万の兵を持って和議を破約し、黄河を渡る。

 紹興十年(西暦1140年)。楊玄軍との決戦の真っ最中に岳飛は金軍の襲来の報を聞く。
 南宋軍は侵攻を止められず撃破され続けているようだが、岳家軍も容易に動かせない。
 だが金軍も淮河の北岸の順昌府を落とせず、南下が進んでいなかった。
 たった二万の兵で順昌府を守りきったのは宋の元帥の一人・劉錡である。

 ようやく楊玄を討ち取った岳飛は数隊の先発軍を出立させ、決戦の地・朱仙鎮への連戦である。
 岳家軍、韓家軍、劉錡軍ほか三十万の軍は六十万の金軍と対峙するが、岳飛はここで多くの旧知の将を失う事になる。
 次第に敗色を濃厚にしていく金軍。
 ついに開方府に逃げ込んだ兀朮は、かつて盟約を結び宋へ送り返した秦檜に密命を送る。

                   岳飛伝4 悲曲篇
 ああ、やはりこういう運命になるのか。
 中国最大の英雄と言われ、悲劇の将でもあった岳飛。
 この後、岳家軍の再興はあるのだろうか?
 最終巻がどこに行ったのか、見つからない・・・

第1589回 岳飛伝(三)風塵篇

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 田中芳樹 編訳「岳飛伝(三)風塵篇」

 建炎二年(西暦1128年)。東京開方府の老留守(りゅうしゅ)・宗沢の死を切っ掛けに運命は動いていく。
 各地を転戦して乱を鎮めていた岳家軍に、中央の情勢は知らされていなかった。
 五十万の大軍を率いて黄河を渡った兀朮の金軍に、東京開方府の新留守・杜充は無血降伏し、さらに南京応天府の門を守る息子を裏切らせて金軍の侵入を許す。
 若干二十三歳の皇帝・高宗は李綱ら七人の高官と共に応天府を脱出。ここから一年に渡る逃亡の旅が始まる。
 最初に辿り着いた海塩知県で老将・呼延灼に一旦は護られるものの、老いた呼延灼は兀朮に敗れる。
 間一髪、海に逃れた一行は蛇山の海賊であり、梁山泊の百八人の英傑に生き残りである浪士・燕青に捕らえられるが、燕青も宋朝の興廃は天意に任せると一艘の小舟で海へ放逐する。
 漁師の船に助けられ、逃亡の旅はやがて金陵(現在の南京市近く)の牛頭山に逃げ込むことになる。

 高宗の行方を捜していた岳飛は金軍の包囲を破り、辛うじて高宗を保護するが、牛頭山に陣取った岳家軍数万に対し、周囲を固める金軍は二十万であった。
 だが抗金の旗を立てて戦う者は岳家軍だけではなかった。
 建炎四年(西暦1130年)。中国史上屈指の水戦「黄天蕩の戦い」が長江で行われる。
               岳飛伝 3 風塵篇


 さて物語は中盤に差し掛かり、一旦は金軍を退けるものの、岳飛にも暗い影が忍び寄ります。
 四巻は見つかっているのだが、五巻がまだ発見できない。(笑)
 どうする?

第1582回 岳飛伝(二)烽火篇

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 田中芳樹 編訳「岳飛伝(二)烽火篇」

 なんとか二巻と三巻を掘り出したが最終巻が見つからない。どうしようか?
                   岳飛伝(二)

 靖康元年(西暦1126年)。金軍五十万を率いた兀朮は“万人の敵”と恐れられた韓世忠将軍と女将軍・梁紅玉の守る両狼関を落としてさらに南下し、北京大名府を抜く。
 黄河を渡った金軍は東京開方府に迫り、奸臣・張邦昌の裏切りで皇帝欽宗、太上皇徽宗は金軍に引き渡され、靖康2年(西暦1127年)、ここに宋は滅びる。
 金国の都・黄龍府へ連行された皇族、官僚たちの中には後の重要人物・秦檜もいた。

 伏牛山の賊を討ち、梁王殺害の罪を許された岳飛だったが湯陰県を襲った疫病で床に伏し、数年続いた不作で義兄弟たちは武器を取って周辺の村や城市を横行していた。
 岳飛は諌めるが耳を貸さない兄弟たちに憤り、義を切ってしまう。
 岳飛の母・姚氏は息子が道を間違えて不義・不仁・不忠な漢にならないよう、背に「尽忠報国」の刺青を自ら針を持って刻みます。

 折しも金軍の手を逃れた欽宗の第九子・趙構が江南の臨安府で即位し、南宋の時代が始まる。
 まだ若い皇帝・高宗に招聘された岳飛はこの年、二十五歳であった。


 やっと岳飛の活躍する場面が出てきましたね。
 義兄弟たちとの縁を一旦切った岳飛ですが、新たな好漢たちも続々と参集し、佞臣の罠に落ちた岳飛を救うため心を入れ替えた義兄弟たちも戻ってきます。
 ここに岳家軍が誕生します。
 幼馴染の悪童だった偃月刀の王貴、鉤鏈鎗の張顕、爤銀槍の湯懷。
 気のいい乱暴者、二本の鉄鐧を使う牛皋。(この巻で一番目立ったな(笑))
 紅羅山の義侠組、画桿爤銀戟の施全、托天叉の梁興、大刀の趙雲、狼牙棒の吉青、鋼槍の周青。
 新たに従者となった鉄棍使いの張保、人呼んで「馬前の張保」。銅棍使いの王横、人呼んで「馬後の王横」。
 麒麟山、獅子山の好漢、張国祥と董芳。
 梁山泊の阮小二の息子、水練の達人・阮良。
 太湖の漁師、耿明初、耿明達兄弟。
 東洞庭山の水寨の頭領・楊虎。
 鄱陽湖の水賊の将、虎頭槍の余化龍。
 一騎当千の漢たちです。

 もう一方の金軍元帥・兀朮も一廉の傑物。
 不忠なる人物は好まないですが、勝利の為に仕方なく登用します。
 本巻で初めて岳飛と相見えましたが、金軍にももっと武将が登場して欲しいものです。
 

第1576回 岳飛伝(一)青雲篇

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田中芳樹 編訳「岳飛伝(一)青雲篇」

 北方謙三版が終わったので原作の方の「岳飛伝」を読み始める。
 しかし、全5巻買ってあったはずなのに、1巻と4巻しか見つからない。(笑)
 探さなきゃならんな。どこに埋まったのだろう。
                 岳飛伝 1 青雲編

 大唐帝国が滅び、五代十国時代を経て太祖・趙匡胤が宋を建国してから百四十年後の八代皇帝・徽宗(きそう)の時代。
 崇寧2年(西暦1103年)。姓は岳、名は飛。字は鵬挙。河南相川湯陰県永和郷の豪農・岳和の子として生まれる。
 生後三日で洪水により一族と財産を失い、母・姚氏と共に北京大名府内黄県麒麟村に流れ着いた母子は、員外(官吏)・王明と妻の王婦人の助けで、この地に住まうことになる。

 大観3年(西暦1109年)。岳飛は七歳となり、一つ年下の悪童三人組、王貴、湯懷、張顕と共に文武に秀でる老人・周侗に弟子入りしたことにより義兄弟の縁を結ぶ。
 政和5年(西暦1115年)。岳飛は十五歳。周侗は友人の志明を訪ねるため、四人の弟子達と共に瀝泉山に向かった。
 この山にある洞窟の泉で湧く水は美味で、その水で目を洗うと老眼が治るという。しかし、最近は洞窟から朦々たる霧が立ちのぼり、誰も近づけない。
 岳飛は単身、洞窟に向かうとそこには大蛇がおり、岳飛に襲いかかる。
 攻撃を躱し、大蛇の尻尾を握るとそれは一本の槍となり、泉は枯れてしまった。
 一丈八尺の神槍《瀝泉槍》を手にした岳飛は、志明から槍術と兵法の秘法書を授かるとともに、義父であり師である周侗から槍術の訓練を受けることになる。
 三人の弟弟子も新たに武術の教えを受けることとなった。
 湯懷は同じく槍術、張顕は鉤鏈鎗術、王貴は偃月刀術を学び、二年後の武挙(武官の登用試験)に臨む。

 政和7年(西暦1117年)。岳飛は十七歳。一次試験で四兄弟は目ざましい腕を演武庁で披露した。
 特に周侗から“神臂弓”を伝授された岳飛は知県(県知事)の李春に気に入られ、二日後に娘との婚約を成立させる。
 だが、この年、義父・周侗は老齢で亡くなる。享年七十九歳であった。
 翌年政和8年。周侗の墓を守って家に帰ろうとしない岳飛を義弟たちが無理やり連れ出す。
 帰路、山賊が出るという山で出会ったのは岳飛たちと同じくらいの年の若者。
 頭に鋲鉄の冑。身には鋲鉄鎖子連環甲を付け、二本の四楞鋲鉄鐧を持つ浅黒い男は牛皋と名乗る。
 母とともに麒麟村の周侗を訪ねてきたが、ここで山賊を懲らしめてついでに土産を集めようとしていたと言う。
 新たに義兄弟の誓いを立て五兄弟となった岳飛たちは武挙の院試(二次試験)に向かう。

 
 さてさて、この二次試験と本番の武挙で岳飛は大暴れをして梁王・柴桂を殺してしまい、追われることになります。
 この間に岳飛は周三畏から名剣《湛盧》を譲られます。
 名将・宗沢を王善の乱から救ったことで罪を許されますが、ここから八年の雌伏の日々を過ごすことになります。

 宋の北方燕雲十六州を領土とした遼は、女真族の完顔阿骨打を王とする金に滅ぼされ、南下してくる第四太子・完顔兀朮率いる五十万の金軍に立ち向かう韓世忠将軍と妻の梁紅玉の場面で第一巻は終わりですね。
 いや~面白い。これは二巻目をはやく掘り出さないとならんな。