まるでダメな男の日記

このブログでは趣味のゲームや読書感想など非生産的な駄文を書き連ねていく予定です。

第480回 境界線上のホライゾンⅣ(51)

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川上稔「境界線上のホライゾン Ⅳ(下)」 Horizon on the Middle of Nowhere
Episode Ⅳ-Part 3 適当ダイジェスト㉓


「第九十五章 途上の擦れ違い人」「最終章 新しき場所の宿り人達」
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 正純は、目の前に立った巨大な白と黒の弓に息を呑む。上空を見上げたホライゾンは、膝を折った一礼を見せた。そして巨大な弓を手に取ると
 ”試し撃ちは誰にしますかねえ”
 ”何で俺だけ見てんだ! 俺が何か悪い事したか!?”
 皆が揃って頷くと、ホライゾンが一発ぶち込んだ。ホライゾンの周りに認識用の表示枠(サインフレーム)がいくつも出ては消えていく。
 ”おかしいですね・・・。あ、バッテリー切れでした。インジケーターが真っ白に”“
 正純は「上越露西亜」艦隊が、既に数km向こうに遠ざかっていくのを眺めながら、四つ、という「大罪武装(ロイズモイ・オブロ)」の数を思う。
 “私達の為すべきも中盤に差し掛かったという事か”
 《焦がれの全域(オロス・フトーノス)》、《悲嘆の怠惰(リピ・カタスリプシ)》、《拒絶の強欲(アスピザ・フィラルジア)》、そして《憤怒の閃撃(マスカ・オルジィ)》。極東に四つの「大罪武装」が集まった。それは世界が終わりに近づいて来ている事の証明かも知れない。
 そして、「ノヴゴロド」の地下で見た「あれ」は、一体、何だったのだろう。

 浅間は思案していた。「ノヴゴロド」で見たもの。神道勢力として黎明の時代の情報は必要案件だ。調書など要求されるかも知れない。「IZUMO」や「白砂神社」に赴くのも難しいので、父を調査官にしてもらい、「関東IZUMO」でやって貰おう。
 あのレリーフから削られていたものは何だったのだろうか。そして「二境紋」。オラニエが攫われた理由。元信公が作った教導院で公主と友達になろうとした、とはどういう事か。考え込んでいると、不意に「武蔵」の各所から、防護障壁が立ち上がった。緊急事態だ。
 《上方、二次ステルスから出現する艦群があります! 進行は西北西から南、所属は、――「羽柴」です! ---以上》

 二代が見上げる空。「武蔵」を見下ろすように「羽柴」の艦群が南へ向かって行く。頭上を通り過ぎる軌道だ。先頭集団の大型艦は、砂塵障壁を構えた「鳥取城」だ。危害を加えるつもりは無いらしい。
 眼 鏡:「毛利」攻めのため、一度、「P.A.Oda」に補給に戻るんだね。「伊達」が関東の牽制に入ったから物資を「安土城」で輸送できなくなったんだ。そして、「毛利」からの大返しの練習も兼ねてる
 二代が成程と頷いた時、白魔女(ヴァイスヘクセン)が、険のある声を作った。
 “羽柴がいるわよ”
 「鳥取城」の左舷甲板に、こちらを見下ろすように立つ羽柴・藤吉郎がいる。その背後に《十本槍》の福島・正則と加藤・清正、それともう二つ。翼の重なりと、砲にも見える魔女の機殻箒(シャレベーゼン)だろうか。
 対するように「武蔵」上でホライゾンが《憤怒の閃撃》を構えた。羽柴に向かって眉を立て、鋭い視線を向けている。これが、姫の怒りで御座るか。

 グリップカバーが一瞬で顎を上げ、張られていなかった弦が、炎のような加熱流体の光で結ばれる。燃料不備だった《憤怒の閃撃》に、同時展開した《拒絶の強欲》が流体供給を始めた。そして、隣りに立つトーリの術式のラインが、ホライゾンをケープのように覆っている。
 《所有者:ホライゾン:アリアダスト:―――認識》
 《個体感情表現:通常駆動 超過駆動:コンバットプルーフ済可;自己進化解決》
 《ホライゾン様:第三セイフティ解除:「魂の駆動」:御願い致します》

 
 ホライゾンは思った。怒り、とは何だろうか。―――思い出すものがある。「「三方ケ原の戦い」の後、このように羽柴と向かい合った。自分達は多くの人達に助けられ、そして喪失した。喪失した対象への感情とは別の、喪失の原因への感情。
 これを怒りと呼ぶならば、誰に向けられたものだろうか。羽柴か。不甲斐ない自分達か。
 “ホライゾン、怒りは己を変えるために使えよ? 甘く、不備のあった自分を、二度と負けない為に、その事を示す為に、放てよ、ホライゾン。俺達が怒り、撃つべきは、―――運命への抵抗を忘れた連中だ”
 Jud. 澄みました。
 “人は、抵抗と再起、悲しみと喜びを重ね、・・・如何にして生き、死ぬのが正しいのか。―――それは、運命への抵抗!!”
 《セイフティ解除:「魂の駆動」:認識》
 ホライゾンが弦を引き絞っていく周囲に、莫大量の表示枠(サインフレーム)が展開する。十字と鳥居を重ねた黒い表示枠に
 《「大罪武装」統括OS:Phtonos-01s:第三段階:更新:認識》
 《ようこそ 感情の創世へ》

 感情に応じるように、ホライゾンは羽柴目がけて、白と黒の弓を射た。

 怒りは不可視だった。甲板から見下ろしていた羽柴に、斜め下から一直線に直撃したように見えた。その軌道上に光の大規模な飛散が咲いた。傘のように広がる流体のカケラの中央で、羽柴はじっと立っている。無傷だ。
 ホライゾンは息を飲んだ。左手に持つ《憤怒の閃撃》を握りしめ
 “まさか・・・、この《憤怒の閃撃》が、一発目から宗茂砲と同じになってしまうとは・・・”
 “宗茂様! 宗茂様!!“ 立花・嫁が夫に駆け寄った。
 かげV:マルファ! 膝をついてどうした! マルファ!!
 “おい、ホライゾン。仲間にダメージ与えどうすんだ一体”
 頭上を見上げていたウルキアガが声を挙げ上げた。
 “おい、羽柴を見ろ。あの猿子が持っているもの。「大罪武装」ではないのか?”

 羽柴は構えを解いた。彼女の背中の鉄扇に似た翼が、一枚の羽を伸ばし、光っている。そして、彼女の左腕に掲げているものがあった。
 “《拒絶の強欲(アスピザ・フィラルジア)》!?”
 皆が問うた先、福島がこちらに気付き、立てた右の掌を「違う」と左右に軽く振っている。
 《憤怒の閃撃(マスカ・オルジイ)》の光が散り切った後、「鳥取城」が加速を開始した。答える事はもう無いと言うように、再びステルスに入り、後続艦も続いていく。
 もはや空に「ノヴゴロド」は無く、「上越露西亜」や「最上」の艦隊も北東の空に去り、柴田艦隊は南へ移動した。ただ。「武蔵」だけが冷たい空に在った。

 
 「ノヴゴロド」戦を終え、「上越露西亜」の警備担当艦隊と「ノヴゴロド」回収艦隊が来るのを待ってから、「武蔵」は「有明」へ帰投航行を始めた。「上越露西亜」、「最上」、「伊達」、の三勢力が順に警護を務める、戦勝に近い形の帰投だ。
 午後半ばの陽射しの中、教導院前側校舎三階の生徒会室に、役職者他が集まっていた。梅組の教室と違うところは、里見・義康や大久保、加納の席もある事だ。話題としては修学旅行の事が上がる。アデーレが本気を出したというが、また、人類範疇外の反応が出そうだ。
 ホライゾンがずっと同じ方向に視線を送っている。浅間も、ミトツダイラも、鈴も視線の先を追う。そこには夏服姿な馬鹿が居た。彼は、自分の制服に幾つかの鎖を繋げて作った、細い鎖をつけている。その意味を問う者は誰もいない。
 ネシンバラは幾つかの表示枠を展開し、今後の予定を告げる。
 “「羽柴」の動きを追うなら、「毛利」側に加担しに行く事になる。追わないなら関東の解放だ。「北条」攻めを利用して、「松平」が関東を掌握する流れを組む”
 「北条」攻めという言葉に、皆がノリキを見た。窓から顔を突っ込んだナルゼが、アンタ大丈夫? と聞くのに、自分は「武蔵」の住人だ、とノリキが返す。
 ならば、と《会計》のシロジロが「北条」攻めを推す。関東掌握の方が閉鎖的でも広大な商業圏を構築できる。
 ウルキアガはどうしたのさ? と直政が聞くのに、「伊達」から来た成実を連れて「高尾」に住まい探しに行ったとハイディが答えた。

 “解ってて言う事じゃないけど、《不転百足》と貴方を持ち込める物件ってそうそう無いわね”
 “拙僧を持ち込むとか言うな”
 成実とウルキアガが行くのは「青梅」の地下の横丁だった。元々、物資を搬入出する倉庫の近くであり、扉がとにかく大きい。手にした鍵と、部屋のナンバーを見比べ、鍵を開けると小麦粉の匂いがした。六畳で、床は石作りだ。
 “拙僧、トーリのための毒見部屋が欲しいのだが”
 “私が話しかけたら返事するなら、別にいいとも思うわよ?”
 成実は入口の柱を軽く掴んで強度を確認する。半竜は既に部屋の隅で術式補強を入れ始めている。成実が周囲を知覚すると、午後半ばのこの時間は、男達は働きに出ていて、女は水場で洗濯や調理をしている。横丁の端なら、誰にも見られている事は無い。
 自分は「伊達」にいた頃、外に出る事を望んでいた。皆は必死に「伊達」家を保とうとし、持ち上げようとしていたのに、自分はあの場所から逃げようとしていたのではないだろうか。自分は咎人だ。成実はそう言うと、ウルキアガは応えた。
 “貴様の役目は、貴様にしか出来なかった事だろう。安心しろ。政宗はこう思っている筈だ。貴様にさせずに良かった、と。お互いに迷惑を掛けたと思っているのなら、両成敗。それくらいに思っておくのが、程々というものだ”
 上から目線の裁きだと成実が言うと
 “拙僧の名のあやかりは内藤・清成。松平政権における奉行の長だ。気分的に面倒な事の採決は、納得出来ずとも、拙僧に押し付けて身軽になって行けばいい。拙僧は面倒になったらトーリに押し付けるからな”
 成実は言葉を失って、数秒息を吸い、飲み物を買ってくると通りに向かった。

 小走りに横丁の橋を渡り、幾つかの商店が並ぶ場所に出る。
 どうしたものかしら・・・
 彼がこちらに抱いている思いに、応えられる自信が自分にはない。未だに過去に引きずられている。こういう事には不慣れだ。時間が解決するものだろうか。しばらくすれば、夏休み。明ければ二学期だ。そうなれば生活のリズムが変わり、自分の残滓も薄くなるだろうか。二学期。九月。
 そういえば、主庭で下着を貰った時、彼の誕生日は九月七日だと聞いた。六月生まれの自分より年下。だから、結婚したら姉になるからそれでいいのだと。無茶なことを言うものだ。
 目の前にある軽食屋の一件隣りに、男性物の下着が吊るして売っている。意趣返しに、あれを誕生日にどうだろうと思っていると、軽食屋から長剣を背負ったジャージ姿の女教師が、唐揚げを紙袋に詰めて出て来た。
 “あら、成実。男物? そっちが好き?”
 “いや、そういう訳ではなく、彼、キヨナリの誕生日祝いにと・・・”
 “あはは、気長なものねえ。来年の五月まで、まだまだあるわよー”
 は? と疑問したこちらに対し、女教師も首を傾げた。五月、「英国」から「IZUMO」へ向かう途中、ウルキアガの誕生日に「アルマダ海戦」の廃材を燃やすファイヤーで肉焼いて、火刑ごっこをして遊んだらしい。

成実は笑った。堪えを切った笑いを生んだ。首を傾げる教師に、気にしないでと手を振る。
・・馬鹿! 本当に馬鹿!! 聖職者が嘘をつくなんて、今後、辻褄合わせをどうする気なのか。どれだけ自分は、彼に欲されていたのだろう。 
 “有難う、先生。―――自分の不安が無くなったわ”
 一礼して背を向ける。嘘吐きと咎人。丁度いい。歩き出す。自分の家に。

 新居予定の場所に戻ると、何処から持って来たのか、テーブルセットを置いている半竜がいた。飲み物を買ってくると言って、何も買っていない自分に気付く。
 “貴方の好みを知らないのよ。一緒に二人で行きましょう。「武蔵」の事を知っておきたいし、貴方の好みを知っておきたいわ”
 半竜が、随分と上機嫌だなと聞く。彼の横に並ぶように身を置き成実は言った。
 “抵抗を経て、再起したのよ。―――そして決めたの。新しい所へ行くと。馬鹿の導きによってね”
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「境界線上のホライゾン Ⅳ(下)」END

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長かった・・・、こんなにかかるとは思ってなかった。
Ⅴはしばらく間を空けて、Ⅵが完結してからにするかな。
「境界線上のホライゾンⅤ」は上・下巻。
「真田」の里に三十年前、松平・元信が訪れた時、何をしたのか。
「大罪武装」はなぜ作られたのか。
「六護式仏蘭西」VS「M.H.R.R」の三十年戦争も激度を増していく。
次々と登場する対「武蔵」戦闘部隊、「羽柴」《十本槍》
「真田」十勇士のリヴェンジ・マッチ。
シロジロ・ベルトーニも注目する本多・二代の新技発動。
対・地竜、対・天竜の大戦闘。 
 盛り沢山です。

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第477回 境界線上のホライゾンⅣ(50)

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川上稔「境界線上のホライゾン Ⅳ(下)」 Horizon on the Middle of Nowhere
Episode Ⅳ-Part 3 適当ダイジェスト㉒


「第九十四章 天気雨の狐」
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 「ノヴゴロド」北東の空。「最上」艦隊の先頭、「山形城」の艦橋で二本の大扇子を携えた最上・義光が呟いた。
 “駒姫・・・、「約束」よのう。お前は賢い子よ。その「約束」、違えず果たしてみやれ。・・・母は逃げずに見届け、見守るとしようぞえ”

 駒姫は流体燃料が加熱延焼を始めた「聚楽第」の艦橋にいた。出力不備により破裂した流体燃料管が、艦内各所で熱気と火を上げる。駒姫は総員に緊急退艦指示を出した。既に、意を汲んだ皆は脱出艇で柴田艦隊に向かい、通信用の表示枠(インシャコトプ)だけが言葉を送ってくる。
 総員確認の報告を告げる《副艦長》の声に、更に遠方への退避の指示を出す。「ノヴゴロド」が落下、爆発すれば、現在の柴田艦隊の位置でも影響を受ける。「聚楽第」の防護障壁を全開で掛け、重力航行の出力の外部展開で落下速度を落とし、崩壊を遅くする。それが出来るのは、霊体である自分だけだ。
 既に「武蔵」の一撃の余波で被害を受けている「聚楽第」は、各部制御の自動化を《副艦長》達が設定してくれたお蔭で、駒姫一人でも何とか操艦出来るが、甲板には防護障壁を越えてきた巨大な瓦礫が落ちてき始めた。落下速度は落ちたが、反駁で「ノヴゴロド」の外殻が剥がれてきている。
 衝撃で「聚楽第」内部で爆発が起き、表示枠を見ると左舷側の加速器がやられたようだ。後は、落下までに「聚楽第」の全ての燃料を使い切ってしまいたいが、供給系にはリミッターが掛けられており、非常用の手動式操作機で解除するしかない。
 天井から火花の降り注ぐ艦橋内を奥へ走り、五つある物理仲介の直接操作制御弁のレバーを、後部側から押し込んでいく。これで出力が上がる筈だ。
 “ちゃんとしないと・・・”
 完全に支え切れるものではないと解っている。霊体といえど、爆発に巻き込まれれば自分は消えるだろう。秀次=小次郎様は《副艦長》達が安全なところへ退避させてくれた。もう、ここには自分一人しかいない。しっかりしよう。そう思った時、不意の熱が背中を押した。艦橋へ入るための扉が真っ赤に焼け、フラッシュオーバーによる爆発が、駒姫を吹き飛ばし、艦橋内を一気に焼いた。

 本庄・繁長は、退避する「上越露西亜」の輸送艦の懸架網に右腕一本で掴まりながら、「聚楽第」上部階層が流体光の焔にまみれたのを視認した。駒姫がやろうとしたのは、「聚楽第」の出力を全開にすることだと予想出来る。それが、逆の結果になっている原因は、上空からの瓦礫や、艦のダメージによる歪みのせいだろう。
 七km四方をカバー出来る「聚楽第」の出力による、防護障壁や緩衝術式が「ノヴゴロド」の下部を覆っている。重力制御を行う加速部からの出力もそれに当てられているため、「聚楽第」自体は単なる流体燃料庫で、防護も移動もできない状態だ。上下に突っ張った制御重力のバランス点として浮いているに過ぎない。助けに行きたいが、見ている前で「聚楽第」の上部甲板が、上からの見えぬ重さによって砕け、下層部においても火を噴いた。

 駒姫はふと、意識を戻した。操作機の前に立つ自分の左腰の辺りが崩れている。断面は流体の光を帯び、よく見ると左腕も無かった。床を見回すが、何処にもない。艦橋の天井構造体が柱のように落ちているが、手動の操作機は無事だ。五つの出力経路レバーの内、二つがまだ動かされていない。
 右腕一本で、崩れた身体をばねのように動かし、一つを押し込む。何かが引っ掛かっているような感触がある。押し切って、最後の一本も押し込んだ。金属の噛むような音が入る。やった、と息を吐き、身を起した駒姫は、二つ目の制御レバーが戻っているのを見た。
 手動操作機にはフィードバックは無い。物理的な留めを失って落ちたのだ。押し直そうとするが、入らない。艦橋自体も歪み、操作機が変形しているのだ。一定の位置まで行くが、そこから動かない。見上げる天井の、外を見る窓から光が消えていく。防護障壁が消えていき、その隙間から瓦礫が落ち、このままでは「聚楽第」も「ノヴゴロド」と一緒に落ちていく。
 “いやだ・・・”
 何故に涙が出るのか。脚を上げ、レバーを蹴りつけてみるが駄目だ。細い構造体を掴み、フルスイングで叩きつけるが、金属音と共に構造体が指を弾いて宙を舞った。涙が、息を吸うと更に大きく毀れた。艦橋の前半分が焼け落ち、崩れた天井から流体の飛沫が光のカーテンを作る。
 “「約束」、諦めないから・・・”
 駒姫は表示枠〈インシャコトプ〉を開き、操艦制御画面を出す。既に危険を知らせる赤の表示や、制御不能の黒の表示で塗り潰されているが、中央制御系は動いている。最小限の防護障壁を重力固定し、「聚楽第」を「ノヴゴロド」に激突させる。だが、それをすれば、一瞬でも「ノヴゴロド」の落下速度を相殺出来るが、「聚楽第」は自分の加速と重力制御の圧迫で自壊するだろう。
 遠い昔に交わした「約束」。名前を捨てて、遠く何処かで、ずっと生き続けよう。自分がいなくなれば、秀次の自害は間接的に成立出来る筈だ。秀次の襲名から解放されれば、彼は自由だ。そのきっかけを作れるのなら、これから為す事に意味もある。自分以外のものを守る事が出来たと。
 「ノヴゴロド」の底を見据え、「聚楽第」の半重力航行を全速に指定、艦の上昇角度を設定して表示枠に手を掛けた時
 “最上・駒姫!!”
 不意の通神が艦橋内に響いた。

 ・・・「武蔵」の《副会長》?
 何故、「P.A.Oda」の艦にオープンで通神が入るのか解らないが、疑問より、届く言葉の内容が身を貫いた。
 “最上・駒姫! 「武蔵」《副会長》、本多・正純が君に告げる! 「武蔵」はこれより、君を失わせないために行動する!!”

 その八艦構成の巨大都市艦は、その全容を「ノヴゴロド」と等速で降下させていた。中央後艦、「奥多摩」後部の橋上に、夏服姿の馬鹿が居る。前方に銀狼を、横に銀色の髪の自動人形を、背後に術式制御の巫女と踊り子を置く。
 右手側にいる《書記》は告げる。
 “「ノヴゴロド」の駆動系を「武蔵」の主砲で撃ち抜き、噴き飛ばす。そうする事で、墜落時の誘爆要因を無くするんだよ”
 左手前、望遠術式でメアリと共に測距を行っていた《第一特務》は、距離として有効で御座ると報告する。それを聞いて馬鹿は通神を送る。

 “なあ、最上の、えーと、・・・ウマヒメ”
 “コマヒメです!!”
 “おっし、じゃあオメエのテンション上げるの手伝ってやるからよ。ちょっとだけ時間欲しいんだわ。・・・セージュン、どれくらい? ええと、一分十七秒? それでオッケ-? 手を打てる? じゃあウマコ、それだけ持たせろ”
 “は? 駄目です。こっち、機械が動かなくて・・・”
 冷静さを感じさせながら、心配な感情もある不思議な声が響いて来た。
 “壊れているのですか? 動かせるのならば大丈夫です。今、手は貴女のものがあります。それがある限り、諦めは捨て、その手の代わりになるものを掴んでください”
 軽食屋の店員だという女の言葉に、自分の右手を見る。表示枠の通信制御できる出力系を見直し、現状に合わせた最大出力を設定していく。以前ほどではないが、防護障壁が外に戻ってきたが、「ノヴゴロド」の落下速度自体は上がっている。
 “やります!”
 口で右の袖を引いて肩まで腕まくりをし、改めて動かない二番目の制御レバーを掴む。押し込み、鉄の噛み合う音がする。ここが壁だ。この壁を抜くことが出来れば行ける。通信制御で落下速度の計算結果を「武蔵」側に送りながら駒姫は言った。
 “今から四十二秒以内に「聚楽第」が最大出力を得られなければ、「ノヴゴロド」は落下します”
 右の腕に力を込め、駒姫は制御レバーを押し込んだ。

 駒姫からの通信途絶と同時に、「武蔵」は変形を開始した。「武蔵野」艦橋上で全てを見渡し、“武蔵”が両手を後ろに広げる。宙から引き抜かれたのは黒鞘の二刀。片方は脇差、片方は刀。流体光の飛沫と共に“武蔵”の手に引かれ、鞘を宙に固定する。
 《では、「武蔵」の皆様、武蔵王、武蔵副王二名の要請により、進行方向障害物撤去の為、主砲を使用致します。試射ではなく、正式射撃です。当該行為は、障害物所有権利者、「ノヴゴロド」市長と「上越露西亜」《総長》の許可を得たものであり、既に示談成立。よって、主砲発射を総艦長“武蔵”がセイフティ解除します》
 “武蔵”が宙に浮かせていた鞘から、二刀をゆっくりと引き抜いていく。
《総員、対航空都市級障害物重力制御砲ACC-GC0021“兼定”展開準備。メインバレル状態、ACC-GC0021L“大兼定”にて行います。―――以上》
 八艦構成の「武蔵」が主砲発射態勢に変形していく。最初の変形は、全艦の重力航行用外翼が展開する事だった。基本的に外舷側だけの展開だったものが、内舷側まで翼を出す。
 続いて“武蔵”の視界が下がっっていく。外壁に纏う仮想海が消え、浮力を失い、全ての艦がゆっくり落ちていく。“武蔵”の周囲に表示枠〈サインフレーム)が開く。
 八艦全てが重力航行加速器、水平射撃展開状態に入った。“武蔵”がゆるりと刃を構える。
 《「武蔵」総艦、射撃姿勢固定。―――以上》
 左右一番から三番までの艦の外舷で、光が爆発した。重力航行の加速光だが、前に進むためのものでは無い。全て下に向けられ、上昇するための力となっている。

 繁長は己の旗艦に向かう途中で、その光景を見た。八艦の内、左右の六艦が外舷から下へ、広大な光と揺らぎを生んでいる。改修時に重力加速器を可動式にしたのだろう。一度、表に引き出して、回転するようになっている。
 だが、加速光を得ていない艦がある。中央の二艦だ。自然落下状態の二艦は、牽引帯で左右の六艦に吊られている状態だ。左右六艦の内舷側の重力加速器群は何のためのものであるか?

 “武蔵”は二刀を構え、刀の方の「兼定」を眼前に立てていく。彼女の構えに応じ、中央前艦「武蔵野」の先端バウに搭載された、直剣状の衝角〈ラム〉が光を帯びる。
 《仮想砲身、メインバレル展開します。“大兼定”メインバレル、オープン。―――以上》
 
 「武蔵野」艦橋下に仕掛けられた加速器から、流体で出来た砲身が前後に伸びていく。それは防護障壁を兼ねた交互旋回砲身だ。高音を立てて軸転する巨大な砲身は、塔を作るように伸びていく。
 《「浅草」、「品川」、「多摩」、「村山」、「青梅」、「高尾」、メインバレル・サーブ・スタート。―――以上》
 左右各艦の内舷側の加速器が重力制御の光の線で砲身を支えていく。
 《「武蔵野」、「奥多摩」、メインバレル・サーブ・スタート。―――以上》
 中央二艦の重力加速器が上向きにその力を開放し、砲身と左右艦の加速器の高さが等しくなった。
 “武蔵”が長い一刀をゆっくり眼前の「ノヴゴロド」に向ける。
 《「武蔵」《総長》。「武蔵」の武を預かる最高位に献上いたします。各所連動の為、補助を御願い致します。―――以上》

 “おう、任せてくんな” 言うなり、光が背後から来た。トーリが流体供給の術式を展開したのだ。
 橋上に立つ《総長》へと、巨大な砲身が届いていく。左右各二十本の流体供給ラインが、宙を鞭のように突っ走る。それは、左右艦の内舷や、中央艦の加速器を叩き、彼の背後に居る巫女が弓を奏で、踊り子が舞を踊り、術を加圧する。
 一気に倍以上に増えた光のラインが、加速器を楽器を奏でるように撫でていく。
 “接続〈コンタクト〉!!”
 銀狼が伸びてきた砲身を《銀鎖》で確保。砲身の尻を大きな動きで引き寄せる。直後に《艦長代理》が
 “接続、する、よ・・・!”

 柴田艦隊の旗艦「北の庄」の甲板上で、柴田達はそれを見ていた。全長八kmを超える大砲の形成に、柴田は奥歯を噛み潰すような笑みを作る。
 “防護障壁と重力加速制御だけで、あれだけの大砲を作れるってのは、どういう事だ”
 不破は各部の計測を光学、流体反応から検知していた。
 “あれは「武蔵」が就航し始めてから百六十年の巨大艦のバランス制御、重力障壁精製、近年の重力技術と、その使用実績の蓄積による、・・・経験による職人技ですね”

 駒姫は再び、飛びかけた意識を戻していた。艦橋直上部への瓦礫の直撃。それによって落ちた天井構造材に打たれ、一瞬、意識が飛んでいた。艦は傾きつつあり、足元の不確かさが、落下が始まった事を伝えてくる。カウントは20を切った。
 駒姫は右手で制御レバーを掴み、押し込むが、途中でやはり止まる。鉄の軋みが聞こえたような気がした。「聚楽第」が重い軋みと共に跳ねた。その衝撃で天井が張り裂け、「ノヴゴロド」の底面を作る石材が迫ってくるのが見える。その石材が崩れ、落ちて来る。
 “動いて・・・
 石が自分を潰しに来る。その時。自分の右手に誰かの左手が乗った。
 “不用かもしれないけど、救けに来たよ”

 駒姫は有り得ない姿を見た。 
“小次郎様・・・”
 “「約束」を果たしに来たよ。発着場で寝かされていてね。丹羽という人の置手紙があったよ。通神など、「武蔵」側と繋いでおくので、二人で事に当たるようにと。それこそが、―――夫婦の為す事だって”
 片竜角の少年は右手を上げた。その動きに合わせ、頭上に流体で出来た巨大な「青竜」の腕が現れる。青の鉄腕が降って来た石材を打撃し、轟音の傘が全てを防いだ。そして彼の左手から、青白い光がそよいで来る。
 本来の、正しくある「伊達」家の眷属の持つ竜神の力だ。その力が駒姫の失った左腕と、崩れた腰を修復していく。
 じゃあ、と駒姫と小次郎は二人で制御レバーを掴んだ。

 「関東IZUMO」西部の空。「伊達」家旗艦「青葉城」の甲板で、一人の少女が息を吐いた。彼女の背後に、青い光の門が薄く立ち上がっている。それは暴風を生まず、ただ、鼓動のように明滅しているだけだ。
 “小次郎。「青竜」の力を正しく使うのは、お前の方が先になったか”
 力の無い、しかし、確かな笑みを浮かべ、西の空を見る。
 “「伊達」家を救うためのお前の決断。私達は、・・・忘れないとも”

 《トーリ様。測位判定により、「ノヴゴロド」底部、「聚楽第」の出力が復帰しました。「ノヴゴロド」の高度が安定します。――以上》
 “武蔵”の通神と同時に砲身の向きが確定した。トーリの正面に照準の表示枠〈サインフレーム〉が展開する。
 “で、どうやって撃つの?セージュン、さっき、オメエ、やったんだろ?”
 “ショートバレルの試射は出力三割。真下撃ちだったから砲身の歪みも無しで、サーブもほとんど無しだった。弾丸も空砲に近い。正式に撃つのはこれが初めてだ”
 ふうん、と馬鹿が皆に、「武蔵」ビィームとか三秒以内に何かいい掛け声を考えろ無茶を言いだす。
 “おい待て馬鹿” と正純が言った時、馬鹿が何かの表示枠に手をついた。ミトツダイラと浅間が、あのう、と声を掛け、その表示枠に視線を向けている。
 馬鹿が手を掛けている実体判定付きの表示枠に、浅間が
 “え、ええ、トーリ君。ちょっとそれ、あの、マズいかも・・・”
 正純と馬鹿が、その表示枠を覗き込んだ。表示枠には《承認》の文字と手形があった。あれ? と自分の手と承認手形を見比べた馬鹿は、既に砲身が相互旋回を始め、コッキングした主砲を見て
 “あ、コラ、―――おい待て馬鹿!!!”
 “武蔵”は主砲を発射した。

 「武蔵野」艦橋内、突然、前後が逆になるように回転した座席に鈴は座っていた。主砲の発射で「武蔵野」と「奥多摩」が反動で後退する。鈴は背もたれに埋まる勢いだった。知覚していたトーリの流体供給は寸断され、左右の艦群が扇状に外に開いていく。牽引帯の引き出しと艦の挙動が鉤だ。
 鈴は「武蔵」の模造を出し、急いで各艦の動きを指示する。左右六艦から延びる牽引帯が切れないように、中央二艦が行き過ぎないように。「伊達」家で流体の風圧などに触れて来たばかりで、以前より風に対する感覚が強くなっている。
 「武蔵」全体が二km程後退しつつ、速度を落とす。その間に、役目を終えた術式砲身は莫大な光となって散り、全ての艦が周囲に仮想海を纏った。
 元に向きに戻った座席で、正面の「ノヴゴロド」を知覚した鈴は、その半球状の底部に丸い貫通孔を得たのを知った。

 最上・義光は、「武蔵」の主砲発射に対応した。緩衝術式によって衝撃波を抑え込んでいるが、音と風の発生は避けられない。
 “艦首、「武蔵」砲口部に正対。乗り切るぞえ!”
 こちらから見る南西方向の柴田艦隊も同様だが、向こうは風を受けるように更なる距離を取っていく。波打つ風を受け、表面の仮想海を散らされながら、義光は目を逸らさない。出力系を失った巨大建造物が、力無く落下していく下に、残骸としか見えない「聚楽第」が姿を現す。
 潰され、平たくなった艦の各所で炎が噴き、流体の光が散っている中、辛うじて残った艦首側に二つの姿があった。羽柴・秀次と駒姫だ。二人は手を繋ぎ、こちらを見ていた。

 駒姫は自分の終わりを悟った。死ぬのではない。死は、既に得ている。
 “残念が無くなっちゃいましたね”
 霊体を存在させる力は、現世に対する執着心だ。彼と一緒にいたいと残念した自分。私と一緒にいたいと残念した彼。共にいられると解った今、残念が消えた。自分達は現世に留まれない。
 隣の彼が言った。
 “やり残した事はたくさんあるけど、やっておかずに後悔する事がなくて良かった”
 “私もです”
 背後、「ノヴゴロド」が落ちていく。耐えていた「聚楽第」も落下速度が上がり、やがて下方から石のぶつかり合う響きと、土の堆積が崩れ、木々を薙ぎ倒す音色が届いてくる。
 駒姫は彼の手を取り、一度、北の空に浮かぶ巨大な「武蔵」へ笑みを向けた。
 “・・・有り難う御座いました”

 浅間は大型表示枠の中で、二人がこちらに頭を下げるのを見ていた。
 “トーリ君。二人は失われる事を選択せずに、それに抵抗して笑っていますよ”
 後ろを向いた馬鹿は、ああ、笑ってるかと言い、こちらを見ようとしない。
 浅間の見ている間にも、「聚楽第」の上に立つ二人の姿が、光を帯びながら透けていった。

 駒姫は最後に北東の空を見上げる。そこには見慣れた「山形城」の姿がある。母は厳しい人だが、今の私を祝ってくれる筈だ。大人になった狐は、親から離れていくのだから。
 “母様・・・。私、「約束」を守りました。もはや、私は駒姫ではなく、小次郎様でない人と共に行き、幸せになり、「最上」には戻りません。今まで、有難う御座いました。お体をお大事に・・・”
 駒姫は喉を開き、狐の親子が別れを告げる時の声を作る。
 “けえ――――――ん”
 響きが終わった時、駒姫は光を感じ、身体が浮き上がる感を得た。
 手を繋いだ彼と共に頷き、駒姫は去った。

 義光は空に昇る光を見る。自分もかつて、ああいう声を挙げて旅立った事がある。
 “元気でのう。・・・駒姫。
 それだけが願いだ。そう思った時、晴れた夜空から雨が来た。「武蔵」の砲撃で高空の大気が乱れたのだろう。夜の空に天気雨を降らせたのだ。「狐の嫁入り」だ。
 《これより、「最上」は全総力を持って、「武蔵」の支援に入る! それがこの秀次事件の、「最上」としての採決としようぞ!!》

 「伊達」の当主は頷いた。
 《「伊達」も「武蔵」を信用し、対「羽柴」の一翼を担う事を誓おう!》
 政宗は前髪を掻き上げ、刀鍔の眼帯で右の目を覆った顔に笑みを作る。「青葉城」の甲板に仲間達が並び、西の方角へ一礼する。
 “小次郎が望み、果たした「約束」は今後、我らの中で未来のものとなる。それが、極東を跨ぐ「武蔵」に対する「伊達」の約束であり、再起だ”

 《「上越露西亜」も、時が来たら続こう。手付けは今、渡しておくとも》 
 景勝の通神と共に正純の視界の中、天地逆さまになった艦隊が浮上してくる。百を超える艦群に、総員全てを甲板に並べ、旗艦上で左の腕にマルファを抱いた景勝が手を振っている。その姿に馬鹿が手を振りかえしている。
 《また会おう、「武蔵」の諸君・・・!》
 同時に景勝の傍らから、「上越露西亜」の棺桶型投下器が投下されてきた。橋上に落下するなり、快音で分解し、中身を晒す。
 “・・・《憤怒の閃撃〈マスカ・オルジイ〉!!”



 次回、最終回!

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第474回 境界線上のホライゾンⅣ(49)

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川上稔「境界線上のホライゾン Ⅳ(下)」 Horizon on the Middle of Nowhere
Episode Ⅳ-Part 3 適当ダイジェスト㉑


承前

 「大罪武装(ロイズモイ・オブロ)」《憤怒の閃撃(マスカ・オルジイ)》は相手に対する怒りを、ダメージとして具現する。・・・意地だな。過去の粛清に対し、何か言いたいなど女々しいにも程がある。今更、何か言うくらいなら、当時、抵抗しておけば良かったのだ。
 “どれだけの効果になるだろうな”
 思い、目を伏せようとした、マルファの動きが止まった。自分の手が外から動かされている。正面にいる景勝が、錫杖を捨て置き、《憤怒の閃撃》を握る右手を掴み、自分に向けていた。
 射撃は彼に向かって果たされた。

 《憤怒の閃撃》の射撃を浴び、景勝は思った。
 ・・・こ、怖ぁぁ! マジ怖ぁっ!! この人本気で撃ったよ!
 自分がこんな事をしたのは驚きだが、内心で冷や汗をかいているのはマルファにも解っているだろう。
 “マルファ、―――痛くは無いとも” 言って景勝はマルファを抱き寄せる。
 ・・・怖くなーい! 怖くないのである!!
 緊張で相当に動きがぎこちない。だが、身をすくめる動きが腕の中にある。マルファも不慣れなのだ。
 “馬鹿者めが。私より先に自分を撃たせるなど、「英国」との付き合いをもって、理解しておらぬのか、レディファーストという文化を”
 「英国」のエリザベス女王は戦時において、とにかく《王賜剣二型(Ex.カリバーン)》を我先にぶち込みたがると言う。物騒極まりないのであるな、と景勝は思った。自分はもうちょっと平和裏に行きたい。
 “解っているとも。ゆえに言おう。我が君を、未来の幸いとする。それが我の幸いである。君の方が我よりも少しだけ先に幸せとなるのだ。マルファ・ボレツカヤ。その抜け駆けの「裏切り自由(ヴェージマ)」を、我は認めるものである”

「第九十三章 会合場所の先駆者」
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 そこは「花園(アヴァロン)」だった。エントランスホールと同様の広さを持った、円形の区間。入り口の通路は五m四方の黒い「門」だった。その内部は草原に、森、小川があり、天井側では太陽と見まごう灯りがゆっくりと自転している。「英国」のアヴァロンや、「仙台城」の主庭に似たものだ。つまり、どちらも黎明の時代から培った、環境構築技術が受け継がれているという事だ。
 “来てくれ。・・・時間が無い”
 南側、弧を描く大きな壁の前に黒板が掛かっている。そこに黒い服の影があった。浅間は用心のために左の義眼《木葉》を発動させた。一瞬で周囲をスキャンし、動体反応が無い事を確かめたが、その際、壁の表面構造に模様のようなものがある事に気付いた。
 彫り込まれた絵は、この庭の中央にいても全体を捉えるのが難しいほど巨大なレリーフだった。全体として八つの彫刻となっている。昨夜見た、黎明の時代の物語の衝立の枚数と同じ。順番も同じだ。だが、浅間は《木葉》がスキャンを止めていない事に気付いた。まだ、スキャンしていないものがあるのだ。
 「緊急:禁忌第一級怪異:発生推移・――進行」
 いきなり緊急事態を告げる表示枠(サインフレーム)が展開した。「三河」以来、怪異対策のため、「武蔵」住人には対怪異防護術式を「武蔵」から供給している。梅組の面々には全神社仲介で、自分が組んだものを加護として配布した。「公主隠し」のような引き込み型の怪異を想定し、流体の断絶による強制祓禊で、一時なりとも安全を確保する。
 今、成実以外の皆の背から、光の飛沫が上がった。巫女として自分に最大の防護が掛かる。その上で左右のバインダースカートに仕込まれた《片椿》と《片梅》が自動フリー化展開。ハナミが拍手で怪異の位置を知らせる。
目に見える箇所は三ヶ所。
 “正純! メアリ! ―――ホライゾン!?”
 手で描くような赤い光の円が、三人の背後に生まれる。浅間の視線の先、円の中央から左右に向かって赤光の線が伸びていく。
 “・・・二境紋!!” 浅間は《片椿》と《片梅》を同期させて構えた。バインダースカートから祓禊加工の矢を抜き、早打ちの起こしを行おうとした時、いきなり、「二境紋」が消失した。
 ハナミが辺りを見回し、表情に笑みを浮かべて拍手する。もう大丈夫らしい。
 遠く、大木の陰からオラニエ公ウィレムの声がした。
 “「公主隠し」か。二重の囚われだな。我々の責任とも言えるが”
 浅間は疑問するが、解らない。

 いつの間にか女装した馬鹿が、先頭を歩き出す。大木の方からオラニエの声が響く。
 “私達は「公主」と友達になろうとした・―――私達はそれに失敗してね。別の方法を考える事にしたんだ。そして、・・・そして、私達は無様な救いを得た”
 オラニエの言葉が、そこで息を吐くように停まった。起きた事の意味。それは犠牲だろう。正純がそう考えていると、女装が足を止めた。動かぬ背中からクロスユナイトとウルキアガに指示が飛ぶ。二人がオラニエの居た辺りに先行し、こちらに来いと手を振った。
 正純達が駆け寄ると、その場にあった黒板に、赤黒い、血のような色の「二境紋」と、「公主隠し」に付き物のメッセージが書いてある。
 《・・・みつひでくんはまだ?》

 黒板からゆっくりと消えていく「二境紋」。オラニエは「公主隠し」に遭ってしまった。浅間が「公主隠し」の証拠を採っておくというので、正純は承認する。なにしろ一国の《総長》だ。こちらが何かしたと疑われても困る。
 正純は両の頬を、両手で強く叩いた。何も聞かない内に攫われてしまった。ボーっとしている暇はない。
 “ホライゾン! 気合い入れに一発叩いてくれ!”
 歯を剥いた顔で右の拳を思い切り振りかぶられたので、慌てて止める。既に浅間とハナミが熱源探知術式で、オラニエの居た位置に人型の栓を描いて記録にとどめている。一方、表示枠(サインフレーム)から
 未熟者:とりあえず上に「英国」勢がいるから、彼らにも証人として検分を見てもらうよ。オラニエ公と対「P.A.Oda」の会議を持とうとして、その最中に「公主隠し」に遭ったと「阿蘭陀」には伝えてある
 助かる、と正純は返事をし、遺留品は無いかと捜査班に聞くと、インナースーツと下着が見つかったという。まさか、史上初の全裸「公主隠し」なのか? それとペンが落ちていたという。上着のポケットからだろう。浅間が指紋を付けないよう、ハナミに掲げさせると
 眼 鏡:待った! それ、「第十三無津乞令教導院」の卒業記念品に似てる!!
 未熟者:僕達はその教導院を脱走してしまったけど、卒業式にはそれに似たペンを貰う習わしだった。意匠は角を落とした十字架だから、「三征西班牙」のものだろうけどね
 よく解らないが、答えのピースになるものは幾つか得られた。今後。「阿蘭陀」と密に連絡を取るきっかけとなるだろう。

 浅間は現場保全のため、細縄型の警告注連縄を宙に張っていたが、視界に白光線の図形が描かれ始めた。《木葉》がよく解らないスキャン可動を始めたのだ。周囲を囲む巨大な壁には、彫刻で黎明の時代の出来事が彫られている。だが、見上げる巨大な天井に、この場所全てと同じ面積を持つ大彫刻が存在した。
 ドーム全周に人種や種族に関係せず、中央側を見て手を伸ばす人々が彫られている。誰もが中央にあるものを祝ったような表情をしている。だが、中央には何かを削り落としたような跡があった。あそこには何があったのだろう。
 疑問の最中に、不意に地響きが来た。地震かと、皆が顔を合わせるが、ここが「花園(アヴァロン)」と同じシステムなら、「ノヴゴロド」が揺れても影響は受けない筈だ。浅間は周囲を確認。何かが上から来る、と思った瞬間、天井が割れ、一直線の光が外部から差し込まれた。
 「花園(アヴァロン)」内の空間に干渉可能な地脈由来の刃。
 “《王賜剣(エクスカリバー)》!?

 「ノヴゴロド」の頂上から底部を、青白い流体光の刃が貫通した。市庁舎の屋根に立つ《十本槍》の二番、加藤・清正は《カレトヴルッフ》を左右合わせ、莫大量の光剣が見えぬ真下の手応えを伝えた。彼女が狙ったのは「ノヴゴロド」の出力駆動系だ。スカートから1m強の強化葦筒を抜き出し、《カレトヴルッフ》の柄頭に勢いよく嵌める。「ノヴゴロド」下部に突き出していた光剣が、一瞬先端を内に収め、直後に砲撃を開始した。下部半球体が直径三百m単位で崩落する。
 さらにもう一本、強化葦筒を取り出したところで、南の屋根上に飛び乗る影が一つあった。色白の魔神族。角無し。それは
 “本庄・繁長・・・!”

 繁長は屋根の上で《本庄盾》を構えた。数は十六枚。全てを正面に構え、砲撃状態だ。加藤・清正は双槍《カレトヴルッフ》を離す事が出来ない。だが、異変を察知したのは音だった。《本庄盾》を前方への打撃ではなく、足元の市庁舎の屋根へ分散して叩きつけた。
 市庁舎の屋根が赤熱し、膨張した。ホールの真上の部分が下から打撃され、爆発する。《本庄盾》が砕かれるというより、溶け、飛び散るほど力だ。高熱で焼け崩れた屋根から見下ろすエントランスホールには、北側に「上越露西亜」の仲間達が居る。景勝やマルファ、斉藤もいる。彼らは景勝の頷きと共に、通路の奥へと向かった。脱出するのだ。
 屋根上にもう一つ影が増えた。加藤・清正の隣りに立つ、一本の槍を携えた者。
 “福島・正則であるな”
 “早々に立ち去るが、よう御座りまする。「ノヴゴロド」は落下、消滅し、これが「魚津城の戦い」の結末。私達は退きます。
 確かに言う通り、「ノヴゴロド」は緩やかな傾きを得つつある。
 “再戦の準備をしておけ。「上越露西亜」と「P.A.Oda」の戦闘機会は歴史再現上、もう無いが、「武蔵」勢がこのまま終わると思っているのか”
 繁長がそう言った時、《カレトヴルッフ》の光剣が砕けた。いきなり割れ散って、柄頭に嵌っていた燃料層も光瀑した。
 “これは・・・!“
 “驚く事は無いであろう。連中は生きていて、下からその光剣を砕いた。貴様らは、不屈と抵抗、そして、―――再起という言葉を学び直すといい。「武蔵」はもはや我らの同志なのだから”

 “危ないどころじゃなかったな・・・”
 《カレトヴルッフ》が貫いた大穴を挟むように、《王賜剣一型(Ex.コールブランド)》を構えたメアリと、ミトツダイラが立っていた。「花園(アヴァロン)」の直接的破壊はされなかったが、頭上には夜空が見える。問題は帰りをどうするかだ。ホールの外縁には石材や階段の瓦礫がある。福島が砕いて行ったのだ。
 上からの連絡では戦いは収束し、「武蔵」勢、「上越露西亜」、「P.A.Oda」共に撤退に入っているという。「ノヴゴロド」墜落まで、もう余裕がない。
 上昇主体の脱出速度で、ウルキアガが運べるのは重量的に三人まで。成実の《不転百足》も三人。四人だと限界だ。ここにいるのは、トーリ、ホライゾン、二代、正純、浅間、ミトツダイラ、点蔵、メアリである。柴田艦隊の牽制に出ていたナルゼとナイトを大至急、呼び戻した。

 ナイトはナルゼを夜空の中で抱きしめていた。合体状態の《黒嬢(シュヴァルツフローレン)》と《白城(ヴァイスフローレン)》が高加速で「ノヴゴロド」市庁舎へ向かう。既に「ノヴゴロド」下部は、出力系の位置から、フレアのような光の弧柱を吹き出している。墜落と同時に残存燃料に誘爆するだろう。
 武 蔵:これだけの巨大建造物が爆破された記録は、神代の抽象的な記録しか現存しません。計算によると、被害範囲は最大半径七十km、有効威力圏は半径二十一kmに及ぶでしょう。―――以上
 賢姉様:フフ、詰んだ! また詰んだわね! 浅間! これから浅間神社行ってアンタの部屋に侵入させて貰うけど、詰む前に何かして欲しい事ある? 
 あさま:部屋の右に置いてある伝讃筐体(PC)の横に毒見のエロゲが積んであるんで、全部トーリ君名義で焼却しておいてもらえますか? あと、筐体内の「毒見」封筒(フォルダ)を削除して下さい
 ● 画:助けに行くのが間違いな気がしてきたわ・・・

 《双嬢(ツヴァイフローレン)》は市庁舎に真上から行くために、放物線を描くように上昇を掛けた。その瞬間、自分達の真下を突き抜けていくものがあった。それは見た事があるような形状をしていた。
 金と黒の翼。白と黒の翼。多重ウィングを有するその形状は、自分達の姿に似ている。違うのは自分達のようなボルト固定や展開関節の固定ではない。重力固定式だ。加速器もウィングも重力固定で、全体は鋭く大きい。ウィングには「見下ろし魔山(エーデルブロッケン)」の紋章(エンブレム)がついている。
 自分達と別バージョンの機殻(シャーシ)か? その可能性は高い。この《黒嬢》と《白城》も性能証明(プルーフ)は取れているが、試作段階のものだ。競合機があってもおかしくは無い。問題は所属だ。レールウィングや機殻箒(シャーレベーゼン)に「M.H.R.R」の紋章がある。更にエンブレムに、《SPEER-04》と《SPEER-05》。
 その二つの表記が示すものは、《十本槍》の四番と五番だ。敵は後部側に多くの加速器を集中し、大加速で一瞬で距離を空けられた。

 繁長はその一瞬に立ち会った。金と黒の翼が見えたが、機殻箒を上下中央に揃えた魔女(テクノヘクセン)達が風を壁のように叩きつけて行った後に、福島と清正の姿は消えていた。西回りで南の空へ消えていく。直後、「武蔵」の魔女達が減速無しで市庁舎の屋根穴に飛び込んだ。
 繁長は、結果を見ずに立ち去る。北部の港に、まだ自分を待っている輸送艦と合流するために。足元に浮くような感覚がある。「ノヴゴロド」が一気に高度を落とし始めたのだ。
 巨大な島影が、一瞬で百m程落ちた。下に押された大気が空に白い霧を作った。撤退中の「上越露西亜」の輸送艦隊は惑っていた。起きる筈の莫大な気流の乱れが生じていない。
 どうして?と崩れゆく「ノヴゴロド」下部を見て、彼らはそれを見た。
 “・・・どうして、「聚楽第」が「ノヴゴロド」を支えている!?”


のこり、あと3章!

第471回 境界線上のホライゾンⅣ(48)

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川上稔「境界線上のホライゾン Ⅳ(下)」 Horizon on the Middle of Nowhere
Episode Ⅳ-Part 3 適当ダイジェスト⑳


「第九十二章 立場の超越者」
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 二代が見たのは、闇の中にある小さな光だった。「ノヴゴロド」市庁舎の地下、直径二百mはある円形の、石で出来た空間。広間の中央には下りの階段を持つスロープがあり、更に下へ行く事が出来る。広間には灯りがついており、先に向かった者がいるという事だ。
 “ようこそ、世界の深淵に至る者達よ。私が「阿蘭陀」の《抵抗総長》オラニエだ”
 男の声が響いた。術式による拡声だ。
 “現在、私はエントランスホールの下の「教室」にいる。ここまで到達して欲しい。見せるべきものがあるのだ。―――私の師である、松平・元信。―――先生が言っていた通りのものがここにあると、不肖の弟子が教えよう”

 市庁舎の中央ホールは、西と南の通路から柴田勢の攻撃を受けていた。ホールの中央で立った身を景勝に支えられたマルファは、小さく呟いた。
 “この地下に先代市長が「客人」を通した資料によると、それは松平・元信だった。先代も地下にある遺構の正体と真実を知りたがっていたからな”

 “かつての事を話そう”
 オラニエの声が反響する中、ミトツダイラはホールから地下に落ちる大穴に向けて、先頭を走っていた。先に本多・二代と福島・正則が向かっている。背後には《銀鎖》で巻いた自分の王がいる。そして、《第一特務》とメアリ、北面から合流した「上越露西亜」本体に護衛されたホライゾン、浅間・智、本多・正純が続く。自分の《銀鎖》二本が砕かれているため、浅間と正純の護衛をウルキアガと彼に並んで走る「伊達」の《副長》に頼んだ。
 直後、階段が切れ、踊り場となる。
 “あれは三十年ほど昔の事。私達はある場所で「末世」解決の方法を研究していた。各国の優秀な者達が、身分を隠し、二年の期限で集まった。元信公が一人一人訪ねて呼び掛け、誘ったのだ”
 ミトツダイラは《銀鎖》で王と姫を両の肩に担ぐようにし、踊り場から大穴に向かって飛び込んだ。
 “そして「末世」を救うために、私達は、ある者と知り合った。私達が、―――「公主」と呼んだ、友人だ”

穴の底では二人の槍使いが戦闘を行っていた。正則は焦っていた。時間が無い。オラニエが余計な言葉を止めようとしないし、頭上からは「武蔵」勢の主力が落ちて来る。対空攻撃をしたいが、そんな余裕はない。
・・・この「武蔵」の《副長》は、先日と違うで御座ります。
 最高速度は、さほど変わりはない。だが、低速度での崩れが無い。彼女の加速術は、祓禊の累積型の筈だ。だから、加速方向が乱れれば、術は暴発する。彼女の慌てたように見える動き、不確かな足の捌き、振りまわす腕、紐で結んだ髪の大きな靡き。どれも緩やかであり、乱れたようにも見え、全てが一人の身に収まると、統一される。
 これは風のようだ。吹き荒び、荒れるが散る事は無く、手を翳しても止められず、ただ行き続ける。回り込むかと思えば擦れ違い、ぶつかっては抜けて、絡むように身を寄せる。以前とは違う。
 だが、戦場とは願いの適う場所。自分は相手を倒す事を願うだけだ。
 “《逆落とし》・・・!”
 正則は風を回り込むように落下した。

 伊達・成美は《不転百足》の背翼に力を入れ、「武蔵」の巫女と《副会長》を抱え、動力降下(パワーダイブ)を敢行する。着地時に隙が生じるのを、ウルキアガがカバーに入る態勢だ。最短距離で降下する成実の目に入ったのは
 あさま:随分と噛み合ってますね
 同感だ。自分は「武蔵」の《副長》も、《十本槍》の福島の事も良く知らない。だが、互いに達人として、槍という近似の武器を持ち、一度相対しているので手の内が見えているというのもあるだろうが。
 ・・・綺麗だわ
 互いの回避と攻撃が、違う動きなのに噛み合っている。「武蔵」の《副長》の槍捌きは、基本的に下段から上に振り上げて一回転し、槍の向こうへ自分を送ったりする円の動きだ。「見切り」においても緩やかに、しかし、身体全体は体重移動として何処かに回り流れ、時折、一直線の澄んだ通過を放つ。まだ、不安定で、伸び代の豊かさを感じさせる動作。突然の緩急。これが「武蔵」の《副長》か。
 対する福島は、緩急の連続だ。落下型の加速術《逆落とし》で、降下距離制限する事で短距離と長距離を使い分けている。地面を蹴り続け、まるで大気に腰掛けるような姿勢で身を跳ばす。攻撃は左右の薙ぎと、身を回す動きを利用した突きだ。
 突然の緩急と、連続する緩急。速度を保ち続ける事と、連続の加速。加速を壊さぬための体術と、加速を続けるための体術。縦の攻撃と回る攻撃。それらは互いを交差させ、足先を絡めるように回し、成実が見ている間にもその速度が上がっていく。

 二人が選んだのは時計回りだった。二人の間に火花が散り始める。接触が多くなって来たのだ。完全に噛み合った戦いに、散る咲く花の量が一気に増える。
 直径五mの円上で二代が追い、正則が下がりながら互いの攻撃が交差する。長物の槍という武器を至近で振り回しながら打ち合い、加速しながらも互いに相手から離れない。既に間合いは穂先や石突きの軌道の内側に入り、加速の「見切り」と落下の「見切り」が手の届く距離で応酬する。爪先が当たり、行き先が無い状態で、二本の槍が互いの周囲を回っている。だが。二人の加速術は壊れない。
 正則は旋回するような《逆落とし》を発動し、二代は呟き、唄った。二代は同じフレーズを何度か繰り返し、不意に言葉を変えた。
 “―――揺らぎ”
 告げた言葉に、正則は表情を変えた。
 “・・・それは、貴女を表現するもので御座りますか?” 
 その表情は口の端が上がった顔。しかし、そこには嫌味は無い。
 “―――停まらず” 二代はゆっくりと言った。
 “ずっと・・・” 速度が上がった。
 “行く先―――” 二代の姿が一気に正則へ距離を詰めた。

 正則は降るように来る二代の姿に息を詰めた。現在、自分は《逆落とし》を制御限界で使用している。それを容易く無視するだけの速度を、どうやって敵は出しているのか。否、理屈は解っている。そして引き鉄はあの唄だ。この速度技術を手に入れる際、タイミングを得るために得た唄だろう。今まで以上の速度を得る技。
それは
 “軸線の先鋭化―――!”

 二代は追いついた。そして正則に問うた。
 “拙者、不抜けて御座るか!?”
 正則は一瞬だけ眉を撥ね上げ、目を見開き、次の瞬間に笑みを見せる。答えは得た。だから二代は前に出た。身を一瞬反らし、頭突きをぶち込む。そして二人は腰溜めにした石突きを放つ。正則が二代の身体中央を狙ったのに対し、二代はその突き込んでくる石突きを狙った。火花が散り、互いの身体が揺れる。
 “そして・・・” 二代は床面につけた爪先を捩じるように踏み込む。
 “―――停まらず” 揺れる身体が、爪先を基準に持ち堪える。
 “ずっと・・・” 足先から足首、膝、腿、腰、腹、背、肩、腕が弾けるようにアジャストされた。
 “行く先―――” 回した穂先が、正則の持ち直した《一ノ谷》の柄を穿つ。既にバランスを崩していた正則は《逆落とし》を制御出来なかった。術式が砕ける音と共に光が弾け、正則の身体を包み、加速の暴発に押されて吹っ飛ばされた。

 正則は空中で捻じれる身体を、膂力と体術で引き戻し、膝から着地する。石の床面を後ろ向きに滑り止まる。彼我の距離は五十m。新たな敵が上からの降下を果たしつつある。だが、こちらの背後には、地下への入り口がある。ならばここで勝負だ。
《一ノ谷》の能力は二つある。一つは展開した内面に攻撃を吸収し、無効化する。そしてもう一つは、吸収した力を展開面より砲撃する事。正則は迷わなかった。
“逆落とせ、《一ノ谷》!”

 動力降下から音も無く着地した《不転百足》の腕の中で、浅間がふと前を見た一瞬、そこにいた二代の姿が消えていた。え? と更に前を見ると、二代の姿があった。五十mを一瞬で跳躍した位置で、福島・正則の槍が砲撃システムを展開するより早く突撃し、金属の激突音が生ずる。
 二代の《蜻蛉スペア》が福島の展開穂先を穿ち、福島の身が地下入口の向こうへ跳ね飛ばされた。浅間は知っている。今の二代の移動は、喜美との訓練の後、足場から虚空に落とされた二代が使った技だ。
 落ち行く身が、辛うじて垂直の足場に足裏を掛け、なおも落下を止められない時、二代は無意識に爪先の一点に身体の軸線の集中を行い、そこに加速を全てぶち込んだ。義経公の《八艘跳び》にも似た、まさに《翔翼》だ。
 勢いを殺さず着地した二代に、向いの壁に激突した福島が、なおも攻撃を掛けようとする。既に福島の槍は展開しており、砲撃を兼ねた突貫だ。そして、二代の澄み、落ち着いた声が響いた。
 “結べ、―――《蜻蛉スペア》!”

 二代は迷わなかった。《蜻蛉スペア》が、今まで一度も起動しなかった事は重々承知している。だが、《翔翼》による大跳躍は、使ったばかりで再起動が間に合わない。だから、着地と同時に《蜻蛉スペア》の刃に敵の姿を映した。
二代は《蜻蛉スペア》に疑問を抱くのを止めにした。《蜻蛉切》もそうだった。その強力な力を持つ「神格武装」ゆえに、主人が自分に相応しいかどうか判断する。今、手の中にあるのは力だ。自分の腕や脚と同じもの。自分に預けられた力を表に出すだけだ。
 直後、《蜻蛉スペア》の穂先に蜻蛉型の表示枠(サインフレーム)が展開する。
 「―――御了解」 それは刃に映った相手を既にロックしていた。
 福島は反射的に槍を立て、防御の構えを取ろうとしたが、遅かった。槍の柄を斜めに割り、減衰した力が福島を打撃して、今度こそ背後の壁に叩きつけた。そのまま三十mに渡り、壁を砕き、崩落させる。
 一礼した二代は皆の前に戻った。正純がいて、姫がいて、馬鹿がいる。その馬鹿が手を上げた。
 “おう、ようやく調子戻ったかオメエ、救かったぜ”
 “Jud.少々、足手まといで御座ったからな。今後は改めて宜しく頼むで御座る。――今後の事で御座るが、拙者、―――本多・忠勝の襲名を目指そうと思うで御座る”

 そっか、と言う馬鹿の言葉を正純は聞いた。本田・忠勝の襲名は相当の苦労を要するだろうが、覚悟の上の事だろう。同級生が己の進路を決めたのだ。期待と、喜びと、寂しさのようなものを感じ、ふと、先程の二代の攻撃を思い出した。
 “さっきのは「割断」なのか?”
 “いや、割って断つ、と言うよりも、割って打つ。「割打」で御座ろうな”

 “さて、地下にて勝敗は決したようだ。後は「武蔵」勢がそこに何を見るか、だ。私達も決着しようか”
 “どうする気だ、マルファ”
 未だ、ホールへの攻撃をやめない柴田勢と、バリケードで迎撃する「上越露西亜」戦士団の中。景勝は覚悟を決めたのだろう。マルファの述べる罪状を聞く。
 “長尾・景虎の襲名を私に課した上で、当時の情勢で「P.A.Oda」への対抗として「聖譜連盟」の力を借りるため、「ノヴゴロド」の粛清と、上杉家の跡目争い、「御館の乱:を重ね、その敗北者である景虎派の粛清を同時に行った。私が、大事にしていた部下や友を、どれだけ失ったか、理解しているか?”
 “君の部下や友は、我の部下や友でもあった”
 “ならば、私がどれだけ怒っているか、解っているか?”
 マルファは背中から一つの武器を出した。
 “《憤怒の閃撃(マスカ・オルジイ)》。―――意味は解るな?”
 景勝はTes.と言い、錫杖を眼の前に立て、両手を重ねる。抵抗の色は無い。迎撃隊の指揮を執っていた本庄・繁長が振り向いて、眉を立て
 “景勝! それはしてはならぬ行為であるぞ!” と叫ぶ。
 “いいのだ。恐れる事は無い。何故なら、マルファ、―――君は撃たない。我を撃つな、マルファ。我を撃つ事で、・・・我だけは楽にしてやろうなどと、そのような事は思うな、マルファ”
 “馬鹿な。この期に及んで自惚れを聞かされても、心の振れは変わらぬぞ”
 “君は撃たない。我は君と共にある。そういう約束だ、マルファ”

 景勝は思った。ほんの数時間前、出会ったばかりで、一切を無視してこちらの懐へ飛び込んで来た馬鹿の事を思った。その馬鹿は、かつて、過去に犯した失敗を後悔し続け、同じ後悔をしないように前に出て来たのだと。だが、その馬鹿は今、違うものを見せようとしている。後悔を捨てる事無く、ただ、昔の事として、自分や皆が幸いになる世界を得ようとして、前に出て来た。
 景勝は、「武蔵」の《総長》が自分の過去を拂拭しようと動いているのならば、動じなかった。だが、彼は我と同じものを、後悔として抱えながら、こう言った。
 ・・・俺が一緒に謝ってやるよ
 後悔の拂拭ではない。後悔を無くしても、そこには何も残らない。後悔をそのままにしてでも、幸いを得る事。未来を見る事。願う未来が正しければ、皆はついて来る。「武蔵」《総長》はそれを教えてくれた。
 彼は仲間達と下へ行ってしまったが、それでいい。我は「上越露西亜」の王だ。前に出る事は、一人でも行けると、教えてくれただけで充分だ。
 だから、景勝はマルファに言った。
 “約束は、未来に果たされるまで、我らを繋ぐものだ。―――ならば、マルファ。我と共に後悔を懐かせ、幸いの手綱を取りに行ってはくれまいか”

 マルファは息を詰めていたが、黙っていては肯定と取られかねない。ゆえに
 “―――撃つぞ”
 “何故だ”
 “意地だよ、景勝”
 口の端を上げ、マルファは《憤怒の閃撃》を射撃した。景勝にではなく、手首を返して自分に。
 “全く、―――怒りの最大は、常に愛せぬ己だ”


残り、あと4章!

第468回 境界線上のホライゾンⅣ(47)

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川上稔「境界線上のホライゾン Ⅳ(下)」 Horizon on the Middle of Nowhere
Episode Ⅳ-Part 3 適当ダイジェスト⑲


「第九十章 間合い中の無双」「第九十一章 集合場所の夢待ち人達」
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 「ノヴゴロド」市街の北東側。道や屋根上、門壁の上を跳躍し、行き交う三つの影の交差がその速度を上げていた。
 誾は、今の戦場の厄介を知りつつあった。これはもはや、自分が出せる勢いの限界を超えつつある。膂力では駄目だ。宗茂もそれに気が付いている。彼の足を引っ張るようでは、二人で戦う意味がない。だが、宗茂はこちらを信頼しているのだ。二人で戦う意味を理解している。自ら動き、考え、役に立っていかねばならない。
 御市の武器は全て現地調達だ。身を回す勢いで拾い上げ、叩き込んでくる。まず、地面から遠ざける事。宗茂と二人で御市をトスし合うように位置取り、壁際に追い込み、上に跳ねさせる。自分の速度が追いつき切れないなら、宗茂の居る位置へ下側から追い込むようにする。
 屋根上の並びに着地した御市が、屋根向こうへ逃げようとするのを宗茂が牽制する。酒井から預かった《瓶貫》の能力は未だ不明だ。しかし、貫通補助の力は、御市を突き崩すのには有用だった。御市の刃の陰を縫い、真っ直ぐ狙い通りに飛ぶ穂先に、御市は身を振り回して回避する。そこに自分が追いつき、双剣の連撃を叩き込む。
両腕の剣は流体の加護を受けているが、「聖譜顕装(テスタメント・アルマ)」の方が流体加護としては上位存在だ。これで御市に手傷を負わせるのは難しい。止めは《瓶貫》に任せるよう、足首や膝、手首という、行動時に僅かに遅れる部位を狙うが、御市の技はもはや、人の技ではない。
 浅井家を一人で滅ぼし、魔神族を切り殺し続けた技。攻撃を全身で行い、必要な時は自らの姿勢を崩し、重心を片寄らせる事で身の振り回しを制御する。下手に対人仕様の剣で受ければ砕かれる。だから自分は受け流し、打ち払う。どのような力であろうとも払い斬り、魔であろうとも断つ。雷切の娘が、人の化けた魔に屈する意味は無い。

 誾は跳び込んだ。左の双剣を前に突き込み、御市の右腹を狙う。御市が旋回の中央に上半身を伏せるように身を沈め、動きを速くする。使用しているのは魔神族用の長剣二本。厚みと長さがある。突き込んだ左の双剣を躱した御市が予想以上に傾いだ。こちらの左双剣と御市の身体の隙間、ほぼ真下から魔神族の長剣が発射された。ただの振り回しではなく、しっかりと手首のスナップまで入った一撃だ。
 こちらの顎を割るようにすくい上げの刃を、誾は左の義腕を外し、身を右に捻って躱した。左義腕と身体の隙間を御市の刃が抜けていった。誾は右膝を着いて己を支え、右の双剣で御市の足から腰を刈るように振る。しかし、御市の姿は消えていた。
 視界の上に影がある。全身の旋回から、本来なら不可能な直上への跳躍。振り抜いた刃に吊り上げさせたんか?! 宙で身を回した御市の左手の長剣が、バックハンドで顔面狙いに来た。カウンターのタイミングのため、回避出来ない。だから、誾は空振りした右腕を、肩から外し、仰け反った。 
 眼前を空振りする御市の刃が通り過ぎた時、誾は外した左腕を再接続していた。左の双剣を御市の右長剣にカウンターで合わせる。剣が砕かれるが構わない。そのまま五指を開き、力と重量任せに御市の刃を受ける。巨大な盾ともなる義腕の半ばまで刃を食い込ませ、動きが停まった。
 “《十字砲火(アルカプス・クロス)》”
 下腕部が破壊されても、召喚には困らない。一瞬だけ、動けなくすればいい。至近で召喚したそれを御市に向け、誾は発射した。
 “宗茂様!!”

 宗茂は誾に応えた。《十字砲火》の攻撃だけでは御市は死なない。だから、当たった直後に《瓶貫》で止めを刺す。屋根を《駆爪》で蹴り、一直線に御市へと跳んだ。それで倒せる。その筈だった。《十字砲火》の砲弾が御市の頭上を抜けていった。躱す事の出来ない御市が、いきなり身を沈めたのだ。
 宗茂は御市の頭上に輝く天輪、《天渡りの信仰(カプトファイデス)が光るのを見た。それは所有者を修復する時、光るものだ。そして宗茂は、御市が自らに姿勢を低くした方法に気付いた。御市は己の左脚を、左の一刀で裁ち落としていたのだ。
 左の脚か、膝上で裁断され、ズレ崩れた御市の身が回る。朗らかな笑い声と共に、膝が吸い付き、血が糸のように粘り、結ばれ、立ち上がる。立ち上がった時には、誾が外した右義腕の双剣を拾い上げていた。
 《十字砲火》発射直後の誾から、大きく飛び離れまがら、その双剣を銀に向かって投げた。義腕を砕かれ、《十字砲火》直後の再装填中の誾は即座に動けない。だから、左義腕を再び外して回避態勢に入った。そこに、御市のもう一本の長剣が飛んだ。
 武器を完全に捨ててまで誾を狙う意味。一つは自分に対する牽制だと宗茂は悟る。もう一つは武器だ。御市の背後で先に《十字砲火》が放った砲弾が炸裂した。衝撃波を伴った大音と共に、道上、合成死体の戦士団が、文字通り散らばっている場所に砲弾が炸裂した。土塊や、死体の一部と共に、莫大量の武器が宙に舞った。
 宗茂は御市の方へ跳んでいた。そして、長剣の飛翔を前にした誾を見る。駆けつける事が出来れば救えるだろう。自分の持つ加速術《駆爪》は、宙に浮いている埃を蹴りつけ、跳ぶ事が可能だ。だが、それをやれば再び脚をやられ、御市との戦闘は不可能となる。だからだろう、誾がこちらを見て笑みをつくっている。解っているのだ。彼女は自分に全てを任せたのだ。任せた結果は受け入れる、と。
 だから、宗茂は誾を見て、身体を捻り、宙を蹴る用意をする。空気抵抗を減らすため、《瓶貫》を誾に向けるように抱えた。

 馬鹿な・・・、と誾は思った。宗茂がこちらを選択したのは、感情として嬉しくはあるが、それは甘えだ。戦場で相手から目を離すのは、軽蔑に値する行為だ。更に・・・、《駆爪》で足場のない空中を蹴ったら、また脚が破壊される。なんて馬鹿な選択を、と思っていたら堅い音と共に、彼の身体が飛び込んで来た。御市の投じた長剣が、弾き飛ばされている。
 “大丈夫ですよ、誾さん。貴女は、間違いなく、私の勝利の女神です”

 御市は宙に舞いあがった武器を手に取った。右の手に前反りの長剣。その重さを確かめてから身を回す。左手の先に斧があった。その柄を掴もうとして、・・・斧が、離れた。空中で、確かに、勝手に自分で遠ざかったのだ。意味が解らず、斧への執着をやめる。舞い上がって落下してくる武器は百近くになるだろう。だから、雨を浴びるように左の手を伸ばした。
 跳音が響く。自分の背後。身を回す先から金属の喝音が鳴り、武器が全て遠ざかって行く。
 ・・・?!
 数十の武器が、全て、金属音と火花を持って宙を去った。意味が解らなかった。何が起きているのか、理解の外に会った。

 誾が見たのは宗茂が空を飛び、全ての武器を弾いている場面だった。実際は《駆爪》も使用しているのだが・・・。誾は《瓶貫》の能力を理解した。御市が飛ばした武器に向けられた《瓶貫》の穂先。宗茂が構えによって狙いを定めると、その武器に向かって《瓶貫》が飛ぶ。貫通補助の能力ではなく、貫通物に対し、距離を縮めていく能力だ。

 夜の下。「武蔵」上、中央後艦「奥多摩」の後部。右舷にある酒井の屋敷。警報や砲撃音に揺れる庭園の中で、酒井は呟いた。
 “宗茂君、気付いたようだねえ”
 Jud.と頷くのは、縁側で表示枠(サインフレーム)の管理を行っている“武蔵”だ。
 “武装なのに、能力はどちらかといえば移動関係ですね。変わった槍です。―――以上”
 “貫通強化の研究で、対象をロックオンするところまでは大体行けてね。自動で高速に突けるようにすれば初心者向けの槍になるんじゃないかと思ったのさ”
 煙管から煙を吐きながら、酒井は苦笑し、顎に手を当てる。
 “高速で狙った位置へ自動で突き込めるように重力操作系の術式を入れたら、強力な移動力を持った自動突撃槍が出来てしまった。砲弾のように飛んで行ってしまうと困るから、持ち手がいないと発動しないようにしたんだ。だから、戦場では相手の武器に向かって跳躍補助をすることになる。頑張って欲しいねえ。―――西国無双”

 背後に敵がいると悟った御市は、右手のバックハンドの一撃を振り抜き、身体を追随させ高速の旋回を行った。そして更に加速するように、柄を左に持ち替え、後ろから前に振り抜く。当たらずとも、見えぬ後ろの敵への牽制になった筈だ。前に出て、武器の山がある街道側に跳ぼうとする。だが、振り切った左手の長剣の先に敵がいた。長剣の切っ先に、槍の穂先を当て、止めるような構えをしている。
 御市は長剣から手を離さず、鍔を下から右上へ蹴り上げた。風を切って長剣が起き上がり、右上段の構えとなる。その刃を叩きつけ、旋回の動きを作ろうとして御市は敵の姿を見失った。いや、風の気配が右手側からする。振り構えた長剣に、突きつけた穂先で追随してくる。ロックオンされ、剥がれない。加速術でこちらの旋回についてくる。回る自分を中心に、敵も回る。そして、自分の旋回速度を上回る加速が、長剣を外から回しに掛かった。圧倒的な速度差から来る加速の押しつけ。
御市はそれに対抗して、速度を上げようとし、・・・失敗した。

 僅かな乱れだった。先程、自分で裁とした左脚の修復による力のズレだ。存在しないと言っていいほどの乱れだった。だが、御市ほどの達人にとって、彼女の動作にとって致命的だった。微かな乱れが敵の加速によって増幅されていく。己の乱れを潰そうとして、抑え込めないと気付いた時には遅かった。
 身を撥ね上げられるような一撃が、加速の中に差し込まれ、確かに食らった。欠損したのだ。

 誾は宗茂が《瓶貫》の刃を収めて背負い直すのを見た。そして、屋根に落ちていたものを拾い、両手で御市に差し出した。
 “・・・勝家様と同じものです”
 “ん。・・・有り難う”
 御市は笑みで自分の右腕を受け取り、左腕で抱いた。直後、右の肩から、色の濃い飛沫が弾けた。
 “これで、勝家様と同じ”
 良かった、頭を下げ、一礼するように身を倒す。ふ、ひ、と笑い、血飛沫が瞬発し、彼女の姿が消えた。宗茂が虚空に一礼し、勝家様と仲睦まじく、と呟くと、それが別れだった。

 “戦場の流れが変わって来たわね“
 「ノヴゴロド」南部外縁の空。キャベンディッシュ艦と連携を取りながら、ナイトとナルゼは南部方面から見た動きを「武蔵」に送っていた。「武蔵」からは浅間がミトツダイラや二代、立花夫妻からの情報をまとめて送って来ている。
 “忍者がおちんこ出したのをミトツダイラが蹴り飛ばしたところ柴田の右腕を切断して、二代が負けたら左腕も甘切断。立花夫妻は愛の力で御市の右腕断って、何よコレ一体”
 御市は下がったものの、柴田は未だ「ノヴゴロド」市街で攻撃の指揮を執っている。利家と成政は西側から南を押さえており、全体の優勢は柴田側にある。だが、柴田艦隊に動きが生まれた。撤退の準備と「上越露西亜」艦隊の追撃阻止への牽制砲撃だ。
 「ノヴゴロド」側でも三つの動きがある。一つ目は前田勢と佐々・成政を中心とする「P.A.Oda」戦士団が「ノヴゴロド」中央を制圧した。北東から市庁舎に向かう「上越露西亜」突撃隊との交戦状態に入っている。二つ目は「ノヴゴロド」東側で、前田の「加賀百万獄(カガ・ビリオネン・ガイスト)」により、「上越露西亜」の増援と「武蔵」、「伊達」の武神が足止めを食っている事。三つ目は「ノヴゴロド」北東部の合成死体戦士団が突破されつつある事。
 ナルゼは眉をひそめる。“突破? 少人数なの?”
 “羽柴麾下《十本槍》の福島・正則と、加藤・清正です。このままでは市庁舎入りを先行され、「武蔵」《総長》達が突入しても、撤退は不可能です”

 「ノヴゴロド」北西部を疾走する視線が二つあった。清正が《カルトヴルッフ》を加速させ、敵を散らすようにラッセルし、正則がその後ろに続く流れを取っている。
 市庁舎前。馬車の通行を確保するためのロータリーに、大量の合成死体の姿がある。
 “あれは私が相手します。ノリさんは奥へ行ってください。後は上で” 
 “任せるで御座る”
 清正は敵に向かい、正則は市庁舎の中へ飛びこんでいった。

 「ノヴゴロド」市街の北部から、信号弾の白い光が上がる。「P.A.Oda」の部隊が市庁舎に届いた事を示す合図だった。それを見る「地摺朱雀」の肩上の直政は、武神の指示と制御で手一杯だった。相手は森とか言う変な武神の、恐らく補助機だろう。その七機は主人の管理外にあるのは確かで、突然、仰け反ったり、がくがくしたりで挙動不審だ。
 しかし、「伊達」の武神の砲撃を受けても、吹っ飛ぶだけでダメージになっていない。面倒を感じつつ、直政は近づくものを投げ飛ばし、地面に叩きつける。 

 “あのね、森君? 私の横で不意に仰け反ったりして、あんっとか、んひぃとかビクンビクンするのやめてくれると嬉しんだけど。計算の邪魔だし”
 「ノヴゴロド」南門の内側で、戦闘の損耗率の計算をしていた不破に言われ、森は慌てて首を振った。
 “な、何を僕を見ていやらしい想像をしてるんですか不破さん! 大体僕は今、制御出来ない分離体の頑張りを、痛みとしてうけとめあああああんっ! あっ、駄目駄目っ直政さんっ!!””
 “工科に頼んで埋めてもらおっか?”

 直政は、森の補助機を一体、地面に杭打ちするようにぶち込んだ。「地摺朱雀」の手首を加速し、敵機を頭から腰まで地面に埋める。あと有効な手段と言えば、飛翔器を持たない補助機を「ノヴゴロド」から落とす事だ。今まで九体ほど下に落としたが、最近はなかなか捕まらない、と思っていたら、下で墜落部隊の救助を行っていた佐久間艦隊の一艦が上昇してきて、下に落とした筈の九体の補助機を無造作に全部落として行った・
 “嫌がらせさね―――!!”
 ふたたび十七体となった全機が、全部揃った事で共通意志のようなものが整ったのか、狙いと動きを明確にしてきた。先程、地面に叩き込んだ一機が消えている。と、いきなり地面を吹き飛ばして、真横に補助機だ現れた。地面を掘り進んで来たらしい。直政の反応が遅れた。
 「地摺朱雀」が左肩にいるこちらを、右手でカバーするように動く。命令していない行動。自立系の制御を無視し、明確に「朱雀」が自分で動いた。恐らく「白虎」との戦闘から始まり、「青竜」の影響を受け、「朱雀」のOSが活性化し、自我のようなものが育ちつつある。だが、これは「朱雀」の自我なのか、眠る妹のものなのか?
 解らないけど、現状はヤバい。横の一機は対処不能、前方、上から来る二機は何とかなる。後ろ上方の二機は難しい。何とかなるさね、と動こうとした瞬間、宙にいる四機が打撃された。
 煙草女:アサマチ! アンタ四連射とか、何ハシャいでんのさ?!
 あさま:あれー? 私、ピンチ救った筈ですよね? なんでお咎めを!?
 さらに四機が吹っ飛んだ空に、無風の巨影が通り過ぎた。直後、吹っ飛んだ四機が断裂した。「伊達」の武神ですら刻めなかったものを、上下二つに分割してのける存在。
 “「里見」の《生徒会長》さね・・・?”
 
 夜の野に音も無く着地した里見・義康は、そのまま「義」の歩みを進めた。
 未熟者:その武神、結構弾力合って強敵なんだけど、君、平気でぶった切ったよね? どういう仕掛けだい?
 賢姉様:フフフこれはきっと相性! 相性よ! ペタ子の属性に会う敵が出現したという事ね! つまり貧乳斬撃よ!
 どんなスキルだ、と思いつつ、義康は正面から突っ込んでくる二機に身構えた。
  義 :先程、空中で刃を当てただけで解った。この武神、恐らく「北条・印度諸国連合」に生息するか、それに近似する生物に由来する設計が成されている。「北条」の連中が嫌がらせに投下して行くので、私がぶった切れるのは慣れだ。一度、刃を当てたら引き切らず、押し込むのがコツだ。
 そうやって向かって来た二機を義康はぶった切った。
  義 :表面の厚い皮に刃を食い込ませる事で、粘液やらなにやらを無視して刃が直接触れる。後は押し込みながら切ればいい。―――「最上」組、帰還した。ここを確保するが、それでいいな?

 外を守る清正が響かせ始めた金属音の連続を、正則は背で聞いた。顔前に出した非発光型の表示枠(レルネンフィグーア)は、行先の向こうにメインホールと、地下への入り口がある事を教えてくれる。そこには世界で初めて作られた教導院があるという。「阿蘭陀」の《総長》オラニエはそこに向かった。自分達の使命はオラニエの討伐と、地下遺構の破壊だ。
 「P.A.Oda」に干渉したものは討つ。干渉の原因となる場所は破壊する。
 “邪魔立てするで御座りますか、「上越露西亜」の元・《副長》、マルファ・ボレツカヤ様・・・”
 “正直、相対するつもりはない。私が相対したいのは、景勝一人だしな”
 円形ホールの中央に、一刀を携えた黒い影がある。彼女は背後の壁に開いた大扉を、守るように両の腕を広げ、口を左右に裂いて笑う。
 “しかし、貴様らのみを通すというのも卑怯であろう。歴代《市長》、誰も彼もがこの深淵を探り、薄々、真実に気付いて類推を重ねてきた。――恐らく、歴代《市長》の見立ては合っていた! 黎明の時代、「非衰退調律進行」で何が行われたのか”
 ホールに飛び込んだ福島・正則にマルファが告げる。
 “恐らくは「幸い」、恐らくは「救世」、恐らくは「偽善」。―――否、全ては決定的に「大罪」だ!!”

 直後、正則は視界にそれを見た。マルファの背後の全域に、虎が生じた。
 “「裏切り自由(ヴェージマ)の不自由を受けてくれ”
 虎に見えたのは数にして千を超える「腕」だった。そのどれもが二つの色、どちらかを持っていた。
 “祖先から受け継いだ魔神族主筋、我が家の護衛の腕だ。死後、保全を望んだものは体液の変性で黄色に、加工を望んだものは血液の凝固で黒に、両者を順列して出来た模様を先祖は「虎翼」と呼んだが、私は敢えてこう呼ぼう。―――「影虎」と”
 穿て、とマルファの声に従い、四桁越えの斬撃と打撃が、虎の咆哮として正則に激突した。

 マルファは、己が叩きつけた虎の攻撃を見ていた。床を砕き、壁を削った千超えの「腕」の向こうに、髪を揺らし、装甲ごと服が千切れた福島・正則が立っている。
 “貴様、己の加速術を持って、「見切り」まで可能とするか”
 達人級が戦闘にて行う、自己速度制御の「見切り」。それを得る方法は一つではない。言い換えるなら、それは特殊な技ではなく、自己を動作させる事を意識し、習熟すればやがては至るものだ。だから、マルファは四桁越えの「影虎」全てに、攻撃術式を発動させた。
 「見切り」も無効な範囲系から、直線系、弾丸系、浸透系など全て重ねた。
 “不可避の一撃、《影虎咆哮》” 莫大な力を敵一人に叩きつける、「影虎」の極大の技が直撃した。

 “落とせ、―――《一ノ谷》”
 正則の言葉と共に、《一ノ谷》の穂先が開いた。Tの字の熊手のようにも、トンボのようにも見える平刃の展開穂先の正面で、ぶつかった術式が消えていった。それは消滅ではなく、熱気も冷気も重力も光も、全て
 “―――蓄積されるのか!?”
 “Tes. それが防御系「神格武装」《一ノ谷》の力に御座ります”
 叩き込んだ力が、喰われ、抉られ、刮ぎ取られて行く
 “《逆落とし》!!”
 もはや爆発となったピークの《影虎咆哮》の中を、正則がこちらに向かって加速した。真っ直ぐに、落ち、飛び込んで来た。マルファは口の端をつり上げ、笑った。
 “成程、流石は新時代の武将! トビーが拘る訳だ!!”
 マルファは「影虎」を収束しながら、右の刃を振り上げ、迎撃の動きとした。

 “すまぬ。―――この場は我に譲れ、人間”
 横からの声が響き、《一ノ谷》の一撃が鉄の音に弾かれた。マルファは、正面に立つ影を見た。黒塗りの「上越露西亜(スヴィエートルーシ)」制服に身を包んだ、高位魔神族の男。
 福島・正則の速度に介入し、その穂先を錫杖で弾いた者。
 “・・・景勝”

 正則は迷った。戦闘への介入は無粋な行為だ。だが、「上越露西亜」《総長》兼《生徒会長》、上杉・景勝殿に御座るか・・・! 手合せしてみたいと、心から望んだ。今、「上越露西亜」は「P.A.Oda」の敵なのだ。今こそが機会だと言える。
 “この場を欲するので御座りますか?”
 “Tes. ―――先からの予約だ。我が遅れていただけでな”
 つまり、邪魔なのは、自分だ。元よりあった筈の、上杉・景勝と長尾・景虎の相対の場。自分は要らない。そういう事だ。ならば、譲るしかない、と思った時、左横を槍を持った姿が一直線に通り過ぎて行った。「武蔵」《副長》の本多・二代は、お? と一瞬だけこちらを見ると、走りながら
 “地下のナンタラ教導院はこちらの入り口で良いので御座るか?”
 Tes.と答えるマルファに、一番乗りで御座るかと笑みでホール奥へ飛びこんで行く。正則は大慌てで彼女の後を追った。同時にホールへ駆け込んでくる影の群があった。「武蔵」勢だ。先頭にいる「武蔵」《総長》が声を上げる。
 “おお! 景勝君! 格好よくキメたみてえじゃねえか!”
 景勝はそう言われ、照れた。
 ・・・格好良いとか、て、照れるであるぞ・・・! 葵君・・・・!
 だが、彼らが陽動役となった御蔭で間に合った。景勝の主力部隊は、北側の断崖ルートから入って来たのである。

 「武蔵」から、ホライゾンと正純が北部ルートで合流した事により、「ノヴゴロド」は二分された。分割ラインは、北端から東端への斜線上。北部にある市庁舎を北西から南東に切るラインだ。面積では「P.A.Oda」の方が広いが、重要度では「上越露西亜」と「武蔵」側の方が高い。
 南端側にいる不破は、北部断崖を登攀してきた「上越露西亜」本隊の戦力推移を計算し直し、「P.A.Oda」の戦力を北部集中に切り替えた。
 勝家の号令一過、機動力のある柴田勢の者達と、白骨の戦士団が北部の密度を上げる。
 一方、南部の空では「女王の盾符(トランプ)」のグレイス・オマリとキャベンディッシュが柴田艦隊の四分の一を引きつけて立ち回っていたが、西部にて煙を上げながらも浮上状態を保っていた「聚楽第」が防護障壁を張る事で、「上越露西亜」艦隊の「ノヴゴロド」上空への侵入を阻んでいた。
 上空では、全ての流れが互いを牽制し合うものとなっていたが、「ノヴゴロド」の地下では、「天津乞神令教導院」を巡る戦闘が、最終局面に入っていた。

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